※こちらは2012年に公開された記事です。
今日よりも明日。 「明日は今日よりもさらにいいものを作ろう」 その信念で物づくりを続けて半世紀余り。絞り染の第一人者だった小倉建亮氏を父に持ち、そこから独自の道を探り続け「辻が花」を現代の人に似合うものとして完成させた『小倉淳史』氏。 「表現のために技術が必要」と常日頃語る父の背を見て育ち、自らも技術の研鑽に励み、また生まれ持っての感性を、小倉家代々の作品を見る事で更に磨き上げ、独自の創作力を身につけていきました。 それらを遺憾なく発揮して作り続ける平成の「辻が花」。 「何が作りたいか、どう作るか、常に技法に合わせて表現します」と言う小倉淳史氏の作品は着る人の知性を引き出し、そこに気品を加え、華やかさと女性としてのしとやかさを生み出します。 「着るものは自分自身を表現する大切な道具です」 と言う小倉淳史氏。 出会いから1年、銀座もとじのリクエストに応え、「これぞ銀座もとじの辻が花」と言う素晴らしい作品を作り上げてくださいました。 今の場所にけっして留まらず、前進を続ける小倉氏の素晴らしい作品をぜひご覧ください。
小倉淳史氏の歩み
九寸名古屋帯 左:鳥 右:市松辻が花
小倉家で友禅染を極めた後は、義母の実家であった「絞りの岡尾家」にも出入りし、そこの図案も描き、絞り染職人との交流を経て、自らも絞り染をマスターしていきます。 昭和30年代には染織研究家の明石染人氏からも指導を受け、友禅と絞りの混在した着物の制作を手掛け、新しい作風を打ち出しました。結果、「絞りの小倉」「辻が花の建亮」として名をなしました。 淳史氏はこの建亮氏の一人息子として誕生しました。抜群に絵の達者な父が描く絵を見て育った淳史氏は、知らず知らずのうちに「僕は絵を描くのは大の苦手で下手」と思い込んでいました。小学校の宿題は毎回、父のもとに持って行き、描いてもらうのが常となっていました。父も描くとなったら、のめり込むタイプで、小学生の子供が描いたものだからという手加減が出来ません。結果、「これが小学生の描いた絵ですか? そんな訳ないですよね。」と言う素晴らしい絵を描き上げ、それを受け取った淳史氏はさっさと学校に持って行き「はい! 僕の宿題です」とにっこり笑って提出していました。 染色の世界には余り興味がなかった淳史氏ですが、門前の小僧は、そうは言ってもやはり身近に職人仕事を見ています。「染のいろは」は、間違いなくしっかりとつかんでいました。 染色に入るきっかけは、中学2年生の時、恋心を抱いていた彼女にプレゼントのテーブルセンターを作ろうと決め、ロウケツ染に挑戦したことからでした。見よう見まねで作りましたが、何とも思うように染まりません。四苦八苦している淳史氏を見て、職人さん達が「そんなんじゃ出来ないよ」「それじゃバリバリに割れた柄になっちゃうぞ」と言います。「くそお! 」負けじ魂が動きました。そこから職人さんにコツを習って、「染」に真正面から向き合い始めました。その後「染物を作品として表現するには技術が必要なのだ」と気がつきます。職人さん達の話を聞くと、一つ一つが技術に裏打ちされた確実な内容で、発せられる言葉はどの言葉も力強く輝いています。そして染の奥深さも見えて来ました。追求すればするほど、知れば知るほど「奥の深い染の世界」にどんどん虜になっていきました。 17歳の時とうとう決心が固まり、「私も染の仕事を一生の仕事にします」と父親に伝えました。今まで決して強要してこなかった父親も息子のこの一大決心には大喜びです。 将来、京都市立芸術大学に進学と言う道もありましたが、もっと早く技術を学ぼうと、決心した翌月から京都市立芸大の講師であった寺石正作先生に染を習うことになりました。高校に通いながら週3回、3年間学び続けました。ここでデッサン、色彩構成など染の基礎を叩きこみました。 父の天才的な才能の陰に隠れがちだった淳史氏の才能を見抜き、「親父と同じように描くことは考えるな。同じ道を歩いたらいかん。自分の道を自分で描くんだぞ」と厳しくも温かいアドバイスをしてくれたのも寺石正作先生でした。これが後々の淳史氏の大切な「道しるべ」となりました。 20歳の時に父の下に入り、友禅・絞り・辻が花の修行を始めました。
感性を磨き感性で活かす
訪問着 格子に葵・蔦・丁子
徳川家の復元で確かな技術とデザイン力に磨きを
白大島紬 横段辻が花
現代の女性が着て美しいものを
九寸名古屋帯 左:桜と藤 右:雲取辻が花
銀座もとじとの物づくり
今回の催事に当り1年の期間を掛けて、小倉先生には銀座もとじのオリジナル作品を制作していただきました。 先生が描いて来た作品の中から店主泉二と企画室長の續が銀座もとじのお客様に似合いそうなデザインを選び、そこに更に小倉先生が新たなデザインを加えて制作した作品です。 店主泉二は「先生の物づくりへの真摯な態度と肌理細かな仕事に心底惚れ」、室長の續は「抒情感溢れる先生の作風にとても魅力を感じ、見れば見るほど作品の質の高さと色と柄行きのバランスの良さを知り、その確かな仕事から伝わる風格に感嘆いたしました。現代の色にもの凄く敏感な先生の作品は銀座もとじのお客様にぜひご紹介したいと思いました。」と言います。 小倉先生はそれらの希望に応え、制作を続けてくださいました。 「作者の気持ちだけで作った工芸作品は、やはり着づらいのだと感じます。客観的にものを見て一歩引き、冷静になって物を作ることが必要でしょうね。今は色彩が過剰にないものがすっきりしていていいと思うんです。泉二さん達が選んだデザインはそういうセンスが良く、時代を問わず着ることができると思います」と。 今回制作したオリジナル作品は訪問着3点、帯6本ですべてが1点ものです。そこに徳川家康の小袖復元で小倉先生が得た経験から、新たに男物で「平成の辻が花羽織」(男性用)1点、「辻が花額裏」(男性用)1点も制作してくださいました。 ぜひこの機会に小倉淳史先生の素晴らしい作品をご覧ください。絞り染・辻が花
小倉淳史 喜寿記念展
絞りはたいそう古くから日本に伝わり世界に広がりをもつ染め物で、表現の可能性を現在まだ大きく持っています。
この度の個展は 77歳の区切りとして開かせて頂きます。辻が花を中心とし、辻が花から発展した絞り染め作品を発表いたします。新しい色、形の表現をご覧頂きたく存じます。
私はこの先、何度もの個展開催は難しいと感じています。今回、是非皆さまにお目にかかり直接お話ししたく、会場にてお待ち申し上げます。
小倉淳史
会期:2024年3月8日(金) ~10日(日)
場所:銀座もとじ 和染、男のきもの、オンラインショップ
ぎゃらりートーク
日時:3月9日 (土)10 ~11時
場所:銀座もとじ 和染
定員:30名(無料・要予約)
作品解説
日時:3月10日 (日)14~14時半
場所:銀座もとじ 和染
定員:10名(無料・要予約)