[和織物語 特別編]
二大巨匠が語り合う!
【座談会 第4部 最終回】
第1部 出会いと衝撃-北村武資の構造美
第2部 日本伝統工芸展が果たしてきた役割と「他流試合」
第3部 染織の研究会で学ぶ
第4部 コラボレーションの創造性
■コラボレーションの創造性
外舘:今回、北村先生の経錦を森口先生が染められました。奇跡のコラボ、究極の合作。今回の目玉です(図6)。しかも森口作品としては、これまでにない柔らかい色のトーン。森口邦彦史上初めてのタイプの染だと思います。
図6 経錦地 友禅訪問着 「雪景」織 北村武資・染 森口邦彦
森口:北村さんにしたら未完成を渡すんだけど、やっぱり完成品なんです。僕はかなり引き下がらざるを得なかった。なぜならこの生地の鶸色の花。強い色で染めると消えてしまう。この生地を染めるのは僕にとっては挑戦。もうちょっと簡単な染め易い生地と二つあったけど、問屋さんの人を介してこっちを使って欲しいと(笑)。
北村:経錦としてのものを。
森口:そう軽々に扱うなということなのだなと僕は思った。彼は竹刀でも木刀でもない、真剣をよこした。
外舘:迂闊に触れると手を切りますね。
森口:僕は若い時、荒い紬地や福光の生平に仕事したこともあるけど、それとは全然違う感触でした。面白い染になったと思う。
外舘:生地を織る人より、後から染める人、引き受ける人の方が大変ですね。でも森口先生の新しい面が引き出された。
森口:最初は縞に染めようかとも思ったし、色々悩みました。見て下さい、正六角形の中の菱形に見える部分。その六角形を縦に長くしていくと、菱形がだんだん正方形になってくる。着物の下半身は限りなく円筒形になり、スパイラル化する意匠形態が立体化の効果を一層強くします。カッコ良く着ていただきたいな。単衣で着てもろて。羅金の帯で、ふわ~とした感じ、帯締め帯揚げもワントーンで着こなす。
北村:もう森口邦彦独演会やな(笑)。
森口:染のトーンの違いはまあ大体大丈夫と思うたけど、蒔糊は心配でした。生地の邪魔をしたらあかん‥。
北村:こういう蒔糊の味は、地模様があって出てくる。昔のものは物凄い地模様があっても蒔糊や糸目を平気でやっていました。
外舘:確かに昔の人は割とテクスチャーの強い紬地にも染めてましたね。今回、森口先生は経錦の地に、蒔糊の見え方の強い所と弱めの所と変化をつけて構成している。この着物は、タイトルはありますか?
森口:「雪景」
外舘:お二人が今回のコラボに際して、特に打合せしたことはありますか?
森口:「生地の耳を強くしてください」とお願いした。伸子張りするから。
外舘:ああ、かなり生地にテンションかかりますからね。
森口:でも今回はバイアスのテープつけてから、伸子を張ったので、何のトラブルもなかった。
外舘:大成功ですね。今回はプラチナボーイに染めた着物もあります(図7)。こちらも森口作品としてはソフト。優しいトーン。
図7 森口邦彦プラチナボーイ友禅訪問着「位相割付亀甲文」
図8 北村武資繧繝綴袋帯「菱つなぎ」
森口:優しいんです(笑)。
外舘:隠れた本質が現れた(笑)。爽やかなトーンです。
森口:はじめの草稿のときは白い部分が黒やったけど白にしました。
北村:この白は地白やね。それに、この僕の帯(図8)。
外舘:織繧繝の帯をあわせる!ピンク系から紫に近い色のグラデーションを、糸が動きながら築いています。
北村:徹底的に織物である事、それを目標に。課題はいっぱいあるけど。これぞ織物、織物でないとできないものを作らないと。
森口:今、「コラボレーション」が流行っているけど、色々あり得ます。でも、今回の《雪景》は、作家がお互いの領域をおかさないようにしながら、持っているものを生かし切った。自立したものが合わさったコラボ。コラボレーションそのものに独創性が保障されていてよかった。
外舘:今回、“創造の新しい在り方”を示すコラボレーションになったと思います。一枚の着物に北村先生の瑞々しい感性と卓越した技、森口先生の解釈と創意工夫、それらが分かちがたく一体のものとなって成立している。言葉ではなく、二人各々の創造性がこの着物の中でしっかりと対話しています。そしてもっと言えば、その奥に華弘さんはじめ、お二人に影響を与えた人達や、染と織の歴史そのものも詰まっている。このコラボは過去と未来を繋ぎます。二人展では、他にも色々な作品が並びますが、とても楽しみです。有難うございました。(文責:外舘和子=多摩美術大学教授)
<座談会を終えて>
今回、北村・森口両氏の闊達な京言葉もあり、生き生きとした座談会となりました。二人の率直な姿勢を伝えるため、通常なら省いて整えてしまう部分もできるだけそのまま残しました。しかし、漫談のような楽しいやりとりのなかに、互いの仕事への敬意と、染織や日本文化への深い愛情を感じました。(外舘和子)
写真提供:公益社団法人 日本工芸会(図1-5)
表紙デザイン:LSD Studio Paris Tokyo
20世紀が生んだ日本染織界における二大巨匠 北村武資氏と森口邦彦氏による初の二人展を開催いたします。北村氏作品100点、森口氏作品10点の新作はじめ、人間国宝同士よる世紀の合作「雪景」を展示いたします。
北村氏による着物、袋帯、八寸帯、角帯、
森口氏による訪問着、黒留袖、色留袖、帯が一堂に集まる圧巻の作品群、どうぞこの機会をお見逃しなく。
【二大巨匠展 競演する織と染―北村武資と森口邦彦】
会期:2022年2月19日(土)~27日(日)
会場:銀座もとじ和織・和染
〈お問い合わせ〉
銀座もとじ女性のきもの 03-3538-7878
銀座もとじ男のきもの 03-5524-7472
北村武資(きたむら・たけし)氏について
2017年の個展にて。写真中央が北村武資氏、右は外舘和子氏。
(手前)北村武資作 羅金袋帯「七宝花丸文」(奥)袋帯「四ツ目菱文羅」(右)羅文帛着尺
<年譜>
1935年 京都市生まれ
1965年 日本伝統工芸染織展 日本工芸会会長賞受賞
1968年 日本伝統工芸展 NHK会長賞受賞
1990年 京都府無形文化財保持者に認定
MOA美術館 岡田茂吉賞工芸部門大賞
1995年 「羅」の技法にて重要無形文化財保持者に認定される
1996年 紫綬褒章受賞
1999年 京都府文化功労者賞受賞
2000年 「経錦」の技法にて二度目の重要無形文化財保持者に認定される
2001年 「人間国宝北村武資-織の美-展」(群馬県立近代美術館)
2005年 旭日中綬章受賞
2011年 「『織』を極める 人間国宝 北村武資展」(京都国立近代美術館)
森口邦彦(もりぐち・くにひこ)氏について
2019年の個展にて。写真左から2人目が森口邦彦氏。
森口邦彦作 訪問着「雪の回廊」
<年譜>
1941年 京都市生まれ
1963年 京都市立美術大学日本画科卒業、フランス政府給費留学生として渡仏
1966年 パリ国立高等装飾美術学校卒業
1967年 父・森口華弘のもとで友禅に従事し始める
1969年 第6回日本染織展にて文化庁長官賞
第16回日本伝統工芸展にてNHK会長賞
2001年 紫綬褒章受章
2007年 重要無形文化財「友禅」保持者に認定
2009年 「森口華弘・邦彦展-父子人間国宝―」(滋賀県立近代美術館・読売新聞東京本社)
2013年 旭日中綬章受賞
2016年 「森口邦彦-隠された秩序」展(パリ日本文化会館)
2020年 「人間国宝 森口邦彦 友禅/デザイン―交差する自由へのまなざし」(京都国立近代美術館)
2020年 文化功労者に選定
2021年 フランス共和国 レジオン・ドヌール勲章コマンドゥール章受賞
<パブリックコレクション>
文化庁、京都国立近代美術館、東京国立近代美術館、広島県立美術館、群馬県立近代美術館、ローザンヌ市立装飾美術館、ポンピドウセンター、デンマーク工芸博物館、ヴィクトリア&アルバート博物館、ロサンゼルスカウンティー美術館、ニューヨークメトロポリタン美術館
ファシリテーター 外舘和子(とだてかずこ)氏について
1964年東京都生まれ。美術館学芸員を経て現在、多摩美術大学教授、工芸評論家、工芸史家。英国テート・セント・アイブスを皮切りに、海外巡回展『手仕事のかたち』、米スミス・カレッジ、独フランクフルト工芸美術館など、国内外の美術館、大学等で展覧会監修、図録執筆、講演を行う。また韓国・清州工芸ビエンナーレ、金沢世界工芸トリエンナーレ、日展、日本伝統工芸展など、数々の公募展の審査員を務める。著書に『中村勝馬と東京友禅の系譜』(染織と生活社) 、『Fired Earth, Woven Bamboo: Contemporary Japanese Ceramics and Bamboo Art』(米ボストン美術館)など。毎日新聞(奇数月第2日曜朝刊)に「KOGEI!」連載中。