PHOTO: SHIGERU MASUI(AOI Pro. GROBAL)
2024年5月24日(金)~26日(日)に開催される「人間国宝認定記念展 松原伸生の長板中形」に向けて、千葉県君津市にあるご自宅兼工房を訪問。作品制作でご多忙の中、ものづくりの現場を拝見させていただきました。
長板中形とは
江戸時代に発展した、型紙を使って糊を置き、藍で染める染色技法。
約6.5mのモミの木の一枚板「長板」を使い、大紋(大形)と小紋(小形)の中間の大きさである「中形」を染めることから江戸中形とも呼ばれ、1955年に「長板中形」として、国の重要無形文化財に指定され、その保持者(人間国宝)として松原定吉(松原伸生先生の祖父)・清水幸太郎の両氏が認定されました。
■長板中形の指定要件
(1)伊勢型紙を使用すること
(2)両面糊置きをすること
(3)藍を使用すること
※長板中形は、現存する伝統工芸の型染めの中でも古い技法です
松原家について
松原定吉氏(1893~1955年)※祖父
富山県魚津市出身。11歳の時に上京し、東京にて長板中形の型付けを修行。
1955年に「長板中形」の人間国宝に認定。
江戸時代の長板中形は、伊勢型紙を彫るのは“型彫師”、型紙に糊を置くのは“型付師”、藍染を行うのは“紺屋”と分業制だったが、定吉氏が型付けから染めまでの一貫制作に切り替える。
※絹地の長板中形をはじめたもの定吉氏。
松原利男氏(1929~2005年)※父
定吉氏のご子息「松原四兄弟」の一人。定吉氏に師事し、長板中形、藍形染を学び、兄弟と共に仕事を行う。1984年(松原先生が19歳の時)東京にあった定吉氏の家からの独立を考え、太陽の光、水、風を求め、千葉県君津市に移住、工房を構える。
日本工芸会の常任理事や染織部会長を務める。
松原伸生氏
1965年東京都江戸川区生まれ。1984年都立工芸高等学校デザイン科を卒業後、父・利男氏のもと、19歳で長板中形・藍形染の道へ入ります。
日本工芸会理事、数々の染織展で受賞多数。2018年には「第38回伝統文化ポーラ賞 優秀賞」、さらに2021年春には「紫綬褒章」を受章。2023年10月、58歳の若さで「長板中形」の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定。
人間国宝になられて
千葉県では20年ぶり、君津市では初の人間国宝。
人間国宝・清水幸太郎氏の逝去後、(1988年逝去)36年ぶりの認定となり今回、長板中形は「復活指定」となります。
※認定者が亡くなった後は、一旦、その分野の認定は解除されるため今回の人間国宝・工芸分野では最も空白が長い分野。
松原先生は今まで、多くの受賞歴がありますが、受賞は、一つ一つ自分が積み重ねたことに対するご褒美。今回の認定は、「長板中形」の認知を広めること。技術継承していくための助言や牽引、次世代を育成すること。その重責を感じると仰います。
58歳という、若さで人間国宝になられた松原先生への期待はかなり大きいです。
祖父・定吉氏が一貫制作に切り替えたことで技術継承が可能に
長板中形の人間国宝・松原定吉氏のご子息、「松原四兄弟」と呼ばれる福与(ふくよ)氏、利男氏、八光(はっこう)氏、與七(よしち)氏が長板中形の仕事を協力して手伝っており、その四兄弟のひとり、松原利男氏が松原先生のお父様。
一族で仕事を続けていく中には難しさもあったようで、松原先生が19歳の時、利男氏が東京にあった定吉氏の家からの独立を考え、太陽の光、水、風を求め、千葉県君津市に移住。
定吉氏が、「糊置き(型付)」と「藍染」の一貫制作に切り替えたことで、場所を変えても制作することができ、長板中形の技術継承が可能となりました。そして、工房を君津に移したことで、松原先生は「祖父・定吉氏から父・利男氏、そして伸生氏と、まっすぐに長板中形を引き継げた。」と仰います。
父・利男氏から受け継いだもの
日本工芸会の常任理事や染織部会長を務められたお父様は、会の集まりなどに松原先生を連れて行き、故・藍田正雄先生や故・北村武資先生、山岸幸一先生はじめ沢山の方々に紹介してくれたそうで、人脈が広がります。その土壌を作ってくれたお父様に今でも感謝されておられ、「人との出会いは財産」と仰います。
(先生の明るくポジティブで、人を大切にされるお人柄は、年上年下関わらず沢山の方に慕われ、お会いするだけでファンになります。)
お父様と一緒に仕事ができた期間は約10年。(お父様は病に倒れられ、長い闘病生活をし、2005年に逝去)。
手取り足取りは教えてくれないため、お父様の仕事を見て覚え、技術を盗んだそうです。
そして、お酒好きなお父様とは、夜にお酒を飲み交わしながら、熱くディスカッションすることも。
お父様が工芸会のお仕事をされていたこともあり、日本伝統工芸展には第33回展から出品し、「出し始めたら、出し続けなさい。」というお父様の言葉を守り続け、これまで欠かすこと無く出品されています。
長板中形は、自然ありきのものづくり
太陽の光、水、風を求めて君津に工房を構えたように、長板中形は自然と密接なものづくりです。
製作の工程には、晴れた日が非常に重要で、通常、糊置きは、表裏1日で置きます。
梅雨時期は、野外での作業ができないため、1年のなかでも、空気が乾燥していて、糊が傷みにくい秋から冬にかけての作業が多くなるそうです。
土間は、苔が生えているほど湿度が保たれていますが、常に仕事はその日の天候と湿度と相談しながら、進めていきます。
型紙は、伊勢型紙を使用しており、長板中形は、絵画的要素が強い柔らかい曲線で表現された文様が多く主に「突き彫り」の型紙を使用します。
長板中形は、柄で見せる型染め
江戸小紋は、色で見せる型染め
長板中形において、糊置きはとても重要な工程で使用する防染糊(もち粉、ぬか、石灰)はその都度作り、水分量など、その日の天候によって調整していきます。
白場が多い模様は、型紙が紗張りされているため、その網目を消すために、生糊が多く粘り気の強い「ねばい糊」を使用。
反対に染まり部分が多い物は、生糊が少なく、さくっと軽いタイプの糊「さくい糊」を使用します。
※江戸小紋では、ものすごく「さくい糊」が使われています。
伸子針は生地の片側のみに
伸子の素材は竹。自然のもので不揃いのため、湾曲するテンションを1本1本確認しながら揃える事が大切。そのテンションが揃ってないと、浸染した際に、力が偏り伸子が外れやすくなってしまうそうです。
生地の重さは糊の分量で変わるため、生地の重さを考慮して、伸子のテンションも変えます。
通常、友禅染めなどの伸子張りは生地の両端に針を刺し、生地を張っていきますが、長板中形は浸染なので、生地の片側のみに伸子針を使用し、1反約32本程度の伸子針を生地の表裏に互い違いに刺していきます。
松原家特有の長方形の藍甕
松原家の藍甕は、一般的な丸い甕ではなく、長方形の形をしています。それは、生地を屏風畳みに折り畳んで吊るして浸して染めるため、無駄の無い形だそうです。極力一人で作業ができるようにと工夫し、1人で上げ下げできるサイズの松原家特有の藍甕です。
甕の中央には、ヒーターを使って温めたお湯を溜めることができ温度調整が可能。藍甕の温度は、だいたい20度程度。
ムラなく染めるため、生地と生地が触れ合わないように、息を吹きかけて、間隔をとります。
生地を藍甕に入れる瞬間と上げる瞬間が染めの工程で一番緊張する山場とのこと。
ピンと張り詰めた空気の中、一発勝負の染めの瞬間は息を吞むほどの緊張感です。
藍甕から出てきた反物は、最初は緑色をしていますが、空気に触れることで酸化し、次第に青く発色していきます。
染める回数は、表現したい藍の色によって変わり、季節、天気も考慮し調整します。浸せば浸すほど糊が剥がれるリスクがあるため、多くても4回程度。
技術を発揮するためには、道具が必要不可欠で、工房は手入れが行き届いた道具が整然と並べられており、綺麗に整理整頓されています。
新品のヒノキの出刃ベラは、使いやすいように、角を少し削ってから使い出すそうです。
呉入れに使う刷毛は、国産の鹿毛を使用していますが、質が変わり価格も高騰しています。刷毛、ヘラ、伸子の針などの道具も変化しているそうです。
そして、昔と今を比べると、道具だけでなく、天候気候の変化。材料の変化。(糠も昔より荒くなったので、振るったり、裏ごしするなどひと手間掛けて工夫している)そして、お客様の考え方も変化しているので、その変化に柔軟に対応してくことが必要だと仰います。
長板中形は、日本中を涼しく楽しませるもの
長板中形の魅力は、両面染めだからこそ絵際が美しく、その藍と白のコントラストから生まれる清涼感です。浴衣をルーツに持ち、着ても涼しく、見ても涼しく、日本の夏を涼ませる力があります。
最近では、高級浴衣としてだけでなく、広衿の単衣仕立てで夏着物として提案することで、着用シーンも広がり、着る楽しみも増えています。
《動画》人間国宝 松原伸生さんの長板中形ができるまで
人間国宝認定記念展
「古き」をまもり「新しき」を描きだす
松原伸生の長板中形
会期:5月24日(金)~26日(日)
場所:銀座もとじ 和染、男のきもの、オンラインショップ
〈お問い合わせ〉
銀座もとじ和染 03-3538-7878
銀座もとじ男のきもの 03-5524-7472
(電話受付時間 11:00~19:00)