ご注文・お問い合わせはこちら(11:00〜19:00) 03-5524-3222
銀座もとじ
EN

読みもの

  • 「地方行政」連載(3)前代未聞「男の着物」専門店で産地も業界も活性化|メディア掲載

「地方行政」連載(3)前代未聞「男の着物」専門店で産地も業界も活性化|メディア掲載

時事通信社から発行される、地方自治体・行政関係者向けの専門誌「地方行政」にて、「銀座から、新しい『着物時代』を創り出す」として、弊社の取り組みを全4回にわたり連載いただきました。ぜひご覧ください。

※時事通信社様のご厚意により掲載誌面の全文を公開しております。

(3)前代未聞「男の着物」専門店で産地も業界も活性化

《2020年3月2日号》

1993年、銀座1丁目の柳通りに店舗を移転させた私の次の目標は、「銀座もとじ」を銀座の中心に移し、銀座の呉服店として広く知られる存在になることでした。銀座は呉服の激戦区です。当時の銀座は、呉服を扱う店が老舗や百貨店の大小含め、100店舗近くあったと思います。そんな中、私のような新参者が生き残るにはどうしたらいいのか。
 そこで私の基盤となった考えは、「他人がやらないことをやる」「業界の常識を疑う(業界の常識は一般の非常識)」「自分がどうされたら嫌なのか、どうされたら嬉しいのか、常に相手の立場に立って考える」。この三つでした。


写真 柳通りに面した1丁目の店舗

仕立て代込みの価格表示で業界激震

銀座1丁目時代、私が気になって仕方なかったことがあります。それは、お客さまにとって不親切な販売価格の表示方法でした。若い女性が小紋の着物を買いにいらっしゃったときのことです。小紋とは、いわゆるオシャレ着感覚の染め着物で、初心者の最初の1枚としてお勧めできる、洋服ならばワンピース感覚の着物です。価格は7万8000円。呉服店で買った経験のないお客さまですと、これなら何とか買える、と思ってしまう値段です。そこで購入を決めてくださいましたが、7万8000円はあくまで反物のみの価格なのです。これを着物に仕立てないといけません。そこに、付属する八掛や胴裏(共に裏地の種類) や仕立て代が加算されていきます。 伝票には考えていなかった追加料金が書き込まれ、価格がどんどん膨れ上がります。お客さまの顔は見る見る真っ青になってしまいました。
 こうした価格の加算方式は、昔から呉服店では当たり前の販売方法で「業界の常識」です。しかし、これこそが「一般の非常識」だったのです。既製服が当たり前のお客さまにとって、仕立てに掛かる諸経費の加算は、もはや通用しないものだと私は気付き、「銀座もとじ」では、安心してお買い物いただくために、あらかじめ裏地代や仕立て代込みの仕立て上がり価格を表示しようと決めたのです。私はふと、「自分事」として、高級寿司店のことを思い出していました。当時、銀座の名店では価格表示がなく、ネタの名前だけ、または時価とだけ書かれていました。時価って怖いですよね。いったいいくら掛かるのか分からなければ、落ち着いて食べることもできません。着物だって同じことでしょう(そんな寿司店にも変革が起こりました。今では店頭に価格の目安が出ているところがほとんどです。その結果、今の銀座には1丁目から8丁目まで500店舗以上の寿司店があって、繁盛しています)。
 日本の着物が生き残るためにも、価格を分かりやすく表示しなければいけません。雑誌などに掲載する場合でも、価格非表示が暗黙のルールでしたが、これも読者に不親切です。 雑誌を眺めていて素敵だなと思っても、値段が分からなければ「買う」アクションにも至りません。現実味がないのです。もし価格が分かれば、少し高いと感じても「今は買えないけれど、次のボーナスで買おう」という目標が立ちますよね。
 仕立て上がり価格を商品に明示し、雑誌にも価格を掲載する私の決断は、「他人がやらないことをやる」という行動でもあり、これまでの商習慣への挑戦でした。旧態依然な状況のままでは、着物はごく一部の人の物となり、先細りする一方です。新しい顧客を開拓するためにも、若い人たちに理解してもらえる工夫をすべきなのです。ですが、業界からの風当たりはかなり強いものでした。というのも、呉服の流通は複雑で、定価を決めるのが難しいという内情がありました。それは業界の都合であり、お客さまには関係ありません。私は、あくまで「銀座もとじ」の価格として通すことにしました。その是非の判定を下したのはお客さまでした。
 海外旅行を楽しみ、洋服のオシャレを散々してきたワーキングウーマンたちが、新たに着物に目覚める時代が到来、自分の好みをはっきり示し、選ぶことのできる、新しいタイプの着物ファンからは、分かりやすい価格提示が歓迎されたのです。

同業者が呆れた「男性の着物」専門店

銀座3丁目の三原通りに、日本初の「銀座もとじ男のきもの」を開店したのは2002年。当時、男性で着物を着る人は限られていて、男物の着物の専門店など絶対無理だという意見が、「業界の常識」でした。
 ですが、私には確信がありました。その2年前、「銀座もとじ 和織」という織の着物を中心とした専門店を開きましたが、その時も、まだ女性の着物は染めが主流だったため、「なんで紬の専門店を?」と言われていたのです。 しかし、洋服のオシャレをし尽くした新しいタイプの着物ファンが好んで選ぶのは、織の着物でした。お客さまが私に新しい時代の風を教えてくれていたのです。
 同時に彼女たちを通して感じたことは、時代は確実にグローバル化へと進んでいて、着物は自分の国をアピールする勝負服になる、ということでした。男性も同様です。実は、男物の着物は、1995年ころから少しずつ店で扱っていて、男性のお客さまからのダイ レクトな声を耳にすることが増えていました。その多くは、海外出張や海外赴任を経験した人で、彼らは異国で自国の文化を語ることができず、恥をかいたと異口同音に嘆くのです。「歌舞伎も相撲も分からなかった。お茶のことも分からなかったし、着物のことなどさっぱり分からなかった。本当に自分は自国のことを何も知らなかった」と。 そんな経験をきっかけに、日本文化に誇りを持ち、 教養として学び始める男性たちが、少しずつお客さまとしていらっしゃるようになりました。 そこで思ったのです。これからは男性も着物のオシャレを楽しむようになるだろう、と。
 私もある時期を境に、洋服を思い切って処分し、着物だけにしました。呉服屋が着物を着ないで誰が着るのだ、と考えたのです。すると、私自身にも着る側の目線が生まれました。まず、男性にとって呉服店の敷居をまたぐのは、とても勇気が要ることなのです。
 呉服店のお客さまのほとんどは女性です。男物の着物を見せてほしいと頼めば、「何か習い事をなさっているのですか? ご商売用ですか? じゃあ取り寄せておきますね」と、すぐに具体的な商品を見ることもできないような状況でした。
 当然、男物の着物や帯、小物をずらりと並べて販売している店は皆無で、欲しい物が何も揃っていない、女性だらけの店にわざわざ出向いて探すことなどは、私だったら想像しただけで腰が引けてしまいます。
 そこで考えました。日本の人口1億2000万人の約半分が男性です。その6000万人もの市場に、誰も手を付けていない、と。しかも、いきなりたくさんの人に目を向ける必要はないのです。 6000万人のうちの0.00001%、つまり 600人の男性に、1年で30万円分購入してもらうと仮定してみました。すると単純計算で1億8000万円になります。大ざっぱな計算ですが、私にとっては、「男の着物」マーケットには、十分可能性があることを示す数字でした。しかも、 自分たちが臆せず入れる「男の着物」専門店ができれば、興味ある男性ならばきっと訪ねてくれるはずだと。
 新しいマーケットを開拓することは、産地や作り手をも活性化することにつながります。「蚕飼育展」を行って以来、私には一本の糸、そして作り手に対しての敬意と興味が生まれ、産地を巡って実際に現場を見る機会を増やしていました。 呉服業界の衰退により、疲弊する産地の実態を目の当たりにし、消滅寸前の産地があることも知りました。例えば織り手ならば、いったん機から降り仕事をやめてしまったら、それで終わりです。長く続いてきた日本の染織の伝統を途絶えさせないためにも、「男の着物」という新しいマーケットによって活性化させていかなければと考えました。そのためにも、店の片隅に「男の着物」のコーナーを作るのではなく、独立した店が必要だったのです。
 私が「男の着物」専門店を構想しているという噂を聞き付けた呉服問屋の人たちは、「泉二は何を考えているんだ」と呆れていたと後から聞きました。けれど、6000万人のうちのたかだか600人がターゲットです。しかも、「男の着物」専門店は、世界初、日本初、東京初、銀座初なのです。ニュース性のある話題なら、マスコミは必ず取り上げてくれますから、宣伝費も掛かりません。

男性向けに「仮縫い」サービスを導入

 さらにもう一つアイデアを加えました。「男の「着物」は女性のようにおはしょり (帯の下の折り返し部分)がない”対丈”なので、身長に合わせ着丈で仕立てないといけません。そこで、新たに始める「男の着物」の店では、ぜひ仮縫いをしようと提案したのです。すると、1級和裁技能士の資格を持つスタッフが大反対しました。なぜそんな手間のかかることをするのか、と言うのです。しかし、私は説得を続けました。私には自分で着てきた実感があるのです。
 男性の着物は対丈だから、肩の張っている人、お腹の出ている人、胸の薄い人など、身長が同じでも体型はさまざまで、しかも着物は素材によって生地の落ち方が違う。女性のようにおはしょりで調整できないので、もし長過ぎればやぼになるし、短か過ぎても格好悪く、 着崩れの原因になってしまう。
 おしゃれ着として、自己表現や武器として着物を着たいと思う男性たちには、こだわりがある。彼らはオーダースーツで、仮縫いしてから仕立てる経験をしているから、仮縫いの重要性を知っている。だからこそ、着物でも仮縫いをすべきではないか......。また、着物の仕立ては、国内から海外へと移行している時期でもありました。その方が人件費が安く、リーズナブルだからです。仕立屋さんは、ベトナムや中国に仕事を持っていかれると不平不満を漏らしながら、解決策を見いだせない状況でした。
私に言わせれば、日本でしかできないことを考えればいいんです。それが”仮縫い"なのです。ですが、仕立屋さんも「そんなことは面倒くさい」と大反対でした。仮縫いなどしないことが「業界の常識」だったからです。
 そこで、私は言いました。「面倒くさいことをやるのが大切なんだよ。和裁組合の今までの常識は、業界の常識。私がお客さまだったら、仮縫いしてもらえたら嬉しいですよ。しかも、仮縫いのサービスをすることでお客さまに何回か店に足を運んでもらえれば、そこでまた羽織紐1本でもご縁を頂くチャンスができるじゃないですか」。
こんなふうに説得を重ねて、何とか始めることができたのが「男の着物」の仮縫いサービスでした。このサービスの導入で、お客さまの満足度は確実に上がったと確信しています。
 また、「男の着物」の専門店をつくるに当たっては、新しい着物の提案も積極的に進めていきました。 従来の男性向けの色や素材は無難なものが多く、帯の種類も限られていました。ほとんどの産地や作家は女性向けに作っていて、男物として作っているものはわずかだったのです。
 「男の着物専門店という物珍しさで最初は来店してくださっても、魅力的な品揃えでなければ、お客さまと長く付き合うことはできません。そこで私は、産地や作家の工房に足を運び、男物を手掛けてほしいとお願いしました。色やデザインも相談し、これまでにない「男の着物」を提案しました。すると面白いことが起きました。女性の身長が高くなったので、女性でも男物の反物幅を必要とする人が出てきたのです。また、女性向けもこれまでより反物幅を広くしないと対応できなくなっていて、逆に今では女性向けの反物が男性の目に留まるケースも出てきました。

小さな成功例が業界を変える

 「銀座もとじ 男のきもの」 店を開店して以来、着物探しに困っていた男性の受け皿として喜ばれることはもとより、新たに着物に目覚めた男性が、 まず「銀座もとじ」を訪ねてくださっています。この18年で着物を着る男性がかなり増えたと思います。
 社内からもかなり反対されましたが、結果的に産地、呉服業界にとっても「男の着物」に着目したことは、いい結果を引き出せたのではないかと思います。やらなかったら何も始まりません。成功するかしないかは、やってみないと分からないのです。
 「男の着物」もまた、地域の活性化や日本文化の継承につながっているわけです。たった9坪の店でしたが、やがて業界の常識を覆して挑戦したことが、時代を変えていく。商売の規模としては小さいものでも、小さな成功例を出せば、必ず流れが生まれて、後に続く人たちが出てきます。最近では、男物の着物を扱う呉服店がかなり増えてきました。
 「銀座もとじ 男のきもの」店でも、現在、息子の啓太がクリエイティブ・ディレクターとして、作り手の持つ技術を彼なりに活かしながら新しい「男の着物」を提案しています。 若い世代の着物ファンの開拓は、彼にしかできない仕事です。
 現在、「銀座もとじ」は銀座の三原通りに3店舗を構える規模となりました。 奄美大島から駅伝選手を目指し東京に出て来たが、腰を痛めて夢半ばで挫折した私に力を与えてくれたのは、早くに亡くなった父の形見である大島紬の着物でした。裸一貫で飛び込んだ呉服業界で、夢を追い掛け随分無茶もしたものです。それでも、今では約30人のスタッフを抱え、経営ができているのは、「他人がやらないことをやる」「業界の常識を疑う(業界の常識は一般の非常識)」「自分がどうされたら嫌なのか、どうされたら嬉しいのか、常に相手の立場に立って考える」 の三つを常に念頭に置いていたからではないかと思います。次回は、私の故郷である奄美大島に恩返ししたい、そんな思いで続けている「大島紬プロジェクト」について話をさせていただきたいと思います。

写真 次世代に向けた着物の新しいイメージ訴求

(1)国産絹「プラチナボーイ」で作り手革命

(2)「銀座の柳染め」で地域貢献活動を

(3)前代未聞「男の着物」専門店で産地も業界も活性化

(4)故郷の大島紬を未来に!地域再生への大胆発想

〈お問い合わせ〉
銀座もとじ和織 03-3538-7878
銀座もとじ男のきもの 03-5524-7472
(電話受付時間 11:00~19:00)

フォームでのお問い合わせ

商品を探す Search
Products