2024年3月8日(金)~10日(日)に開催の「絞り染・辻が花 小倉淳史-喜寿記念展」に向けて、京都・釜座通(かまんざどおり)にある工房を訪問。繊細な辻が花染めが作られる工程・技法を惜しげもなく披露くださり、ウェブサイトでの公開も快くご了承くださいました。必見の内容です。ぜひご覧くださいませ。
「友禅の小倉家」から「辻が花の小倉家」へ
そして、徳川家康の小袖復元にも携わる辻が花の第一人者へと
小倉淳史先生は、京都三大染工房「小倉萬次郎」「田畑喜八」「上野為二」の御三家の内の一家、140年以上の歴史を重ねる「小倉家」の五代目当主でいらっしゃいます。友禅染の小倉家が、辻が花染めの小倉家として知られるようになったのはお父様・小倉健亮氏の代からとのことです。
初代 小倉萬次郎氏(1860年~1937年) ※友禅染師
二代目 萬次郎氏 没後まもなく他界
三代目 戦死
四代目 小倉建亮氏(1897年~1982年)
友禅職人として天才的な画力で指導者として抜擢され工房を任せられます。その後、萬次郎氏の娘と結婚、養子となり、四代目を継承。友禅だけに留まらず、独自の作風を作り出すために、義母の実家「絞りの岡尾家」で絞り染を学び習得。友禅と絞りの混在した新しい作風を打ち出し「絞りの小倉」「辻が花の建亮」として名を成します。
小倉家は友禅から絞り主体に変えていきます。
五代目 小倉淳史氏 (1946年~)
建亮氏の長男として生まれ、幼少期から身近に着物や筆、染料のある生活を通して、14歳にして最初の染色作品を制作。30歳代後半には、徳川家康の小袖や羽織をはじめ、重要文化財の復元・修理に携わり、古の職人技を伝承という形で体得します。そして、室町時代の絞り染から現代の染色作品に至るまで幅広い知識と技術をもつ、日本で唯一人といえる染色作家です。
美意識とおもてなしの心に
満たされた茶室のある工房
工房のある京都市・釡座通りは、職人の町と言われており、昭和初期は45 軒中、約60%が染めの仕事に携わっていました。小倉家もその1軒です。当時は「通りを歩くと一枚の着物が染め上がる」と言われるほどの染屋が多い地区でしたが、現在は2軒のみ。職人も減り、存続していく難しさを感じられていました。
約100年前の1921年頃、ご祖父様(小倉萬次郎氏)がデザインし建てられた日本家屋の工房には、お母様がお茶を楽しむために設計された茶室が1階にあります。職人の工房に茶室があるのは珍しい設計で、非常に趣があります。
茶室は、小倉先生が染めた桐の辻が花の二つ折りの屏風(風炉先屏風)が目を引きます。床の間のお軸は表千家・即中斎(そくちゅうさい)宗匠(そうしょう)の書。花入れは約250年前の青銅製のもの。上生菓子は今の季節にしか食せない、二条駿河屋の「雪餅」を来客時間に合わせてご注文くださり、出していただきました。
茶碗は、今回の作品展にちなみ樂焼十二代弘入の織部写しや大樋焼の黒茶碗など、細部に至るまでの美意識と心配りに感服するばかりでした。
図案の指導は、近所に住む
人間国宝・森口華弘氏と森口邦彦氏から
小倉淳史先生が12、13歳の頃、工房の2階では、お父上の建亮氏をはじめ、友禅の人間国宝・森口華弘氏や羅・経錦の人間国宝・北村武資氏、工芸会の方々が集まり毎週のように盛んに勉強会を開いていたとのことです。また、小倉先生は図案については建亮氏からの指導は直接受けず(親子だと決まりが悪かったようです)、森口華弘氏から指導を受け、30代後半頃には、森口華弘氏のご子息であり同じく友禅の人間国宝・森口邦彦氏の指導に変わられたそうです。
※小倉先生と森口先生の工房は徒歩5分ほどの距離にあり、森口邦彦先生は小倉先生より6歳年上です。
「絞り染め」は「模様」を
より軽く簡単に表現したい
という欲求から生まれた
室町時代に忽然と生まれ江戸時代に途絶えた「辻が花」染めは、今もその多くが謎に包まれています。辻が花は絞り染めの技法を用いますが、絞り染めが生まれた経緯を染織の変遷になぞらえて考えると、「織物」で表現する模様をもっと簡単に表現したい。その欲求により「刺繍」が生まれ、しかし刺繍は時間がかかり、当時の絹生地は薄くて凹みやツレが起こりやすく、生地自体が重くなってしまうことから、次第に「染め」へ。染めは生地が重くならず、軽くて早くて安くできることから、「絞り染」の技法が生まれ発展したと言われているそうです。
※「織模様」を見本にして「刺繍」が生まれ、刺繍を見本にして「染模様」が生まれていった。
「友禅」と「絞り」を融合し
父・建亮氏が辿り着いた新表現が
実は幻の「辻が花」だった
父・建亮氏は、友禅と絞りの混在した新しい作風を打ち出し「絞りの小倉」「辻が花の建亮」として名を成しますが、最初から「辻が花」を知っていたわけでは無かったようです。大正から昭和初期に掛けて指導を受けていた松坂屋図案部の稲垣稔次郎氏から、「辻が花を知らずに辻が花を作っているのか?」と驚かれ、松坂屋の資料室で「辻が花」をはじめて知ります。一般的にも当時は、「辻が花」は知られておらず、その後、普及していったようです。
辻が花の表現に欠かせない
日本独自の絞り染め技法
「帽子絞り」と「輪出し絞り」
絵画のような写実的な表現が可能な友禅とは異なり、絞り染めは模様の線を縫い締め、浸染によって模様を出す間接的な技法です。それによって、模様の線も縫い締めた後の暈しで柔らかく、模様のフォルムも自ずと大らかになります。
辻が花の模様を表現するには、「帽子絞り」と「輪出し(りんだし)絞り」と呼ばれる日本独自の絞り染めの技術が用いられます。
帽子絞り
模様にする部分に、染液が染み込まないように、芯を入れてビニールなどで帽子のように覆って糸で巻き付けます。絞り上りが烏帽子をかぶった形に似ていることから「帽子絞り」と名付けられています。
輪出し絞り
柄のまわりをビニールなどで包んで絞り、染めたい部分だけを出して染めます。非常に手間と時間がかかり高度な技術が必要となります
現在、絞りは先生の工房に10年勤められているお弟子さんの布川さんが担当されていらっしゃり、今回は特別に絞りの実演をしていただきました。
絞りに使う道具は、全て職人さん自身で手作りされます。絞る際には、自分の体重で道具を固定しながら絞りますが、括る麻糸が引っ張る力に耐えられず切れる事も多く、それだけ力が必要な仕事です。(下絵に添って縫う糸は「綿糸」、括る糸は「麻糸」を使用)
1枚の葉を表現するにも、模様の輪郭を糊で自由に筒描きし、色を挿す友禅とは異なり、まずは下絵に沿って綿糸で糸入れし、次に芯を入れてビニールを麻糸でしっかりと巻いて防染し、浸染する。という工程が必要で、手間と時間をかけてようやく葉っぱ1枚が染め上がります。
また、付下げは生地を裁断できないので、染めない部分をビニールで包んで絞るのは大変苦労するとのこと。改めて、付下げの価値を感じました。
江戸時代に制作された訪問着に着想を得て
図録の中で、江戸時代に制作されたとされる橘柄の染め分けの訪問着から着想を得て、40年前頃に先生が柄を梅に変えて制作した訪問着。
濃い藍色で染められた梅の花とダイナミックな枝振りで白と水色に染め分けられた構図が生き生きとした印象で、全体的に寒色でまとめられた配色の瑞々しさを感じさせる逸品です。
絞りは生地を手繰り寄せるため、柄と柄の間隔が狭い場合は、1回では染められず、同色であっても複数回に分けて染めなくてはいけません。こちらの梅の花も数が多く、接近している構図の為、複数回に分けて輪出し絞りをしています。
染料は、酸性染料(化学染料)を使用します。
草木染料だと色が安定しないため、複数回分けて染める際、色のばらつきがでてしまうそうです。
例)豊臣秀吉の陣羽織は輪出し絞りを3回したと言われていますが、当時は草木染料だったため、色のばらつきが顕著に出ていたとのこと。
この梅の訪問着から着想を得て、今回プラチナボーイでは、柄を橘に戻して制作していただきました。こちらの訪問着も、細かな図案のため輪出し絞りで同色を1回では染める事ができず、複数回に分けて細やかに染め上げた逸品です。
プラチナボーイ訪問着 絞り染「辻が花 薫果春秋(たちばなかおるひび)」
【作家コメント】
橘は古来、健康長寿の果実として御所のお庭に右近の橘、左近の桜として植えられています。春に薫り高い花が咲き、秋から冬に黄金色の実が成ります。
本作は春の花と秋冬の実を同一画面に絞り染め上げて、秋から冬そして春まで楽しんでお召しいただけるように考えました。技術の上からは、幹の輪出し絞りが特に難しくて私 又は私の一門以外では染められないと思います。
橘に因んだ淡黄色の透明感のある地色と図柄で格調高くしかもお洒落に美しく装っていただけます。
小倉淳史先生から皆様へ
今回の作品展に向けて
私の作品は、帯や小物等の色の組み合わせで
和音を奏でたり、あるいは不協和音を奏でたり、
いろいろ試して楽しんで下さい
「作品毎のシーンに作者の心を一体化させ作品世界に心を遊ばせます。
それが辻が花の場合も、辻が花でなく花や蝶の季節の図柄の場合も同じです。
その作品場面の楽しい気持ちをご覧下さるお客様と共有したいのです。
着用のテーラード(かっちりとした)スタイルとレイヤード(重ね着)スタイル。
訪問着の着用はテーラード着用ばかりではありません。
同色濃淡の組み合わせによるテーラード着用はひとつの着方です。
しかしこれからはレイヤード着用です。
表着に襦袢、帯に帯締め、帯揚げ、さらにバッグ、お履き物、そして重ね襟。
加えて羽織、コート、そしてそれぞれの裏地があります。
全ての色を組み合わせ色目をずらしたり、和音を奏でたり、あるいは不協和音を奏でたり、いろいろ試して楽しんで下さい。
和服は洋服とは違います、違いを楽しみましょう。
私の作品は訪問着、染め帯共に色数少なく染めています。
それがレイヤード配色のしやすい要因かもしれません。」
絞り染・辻が花
小倉淳史 喜寿記念展
絞りはたいそう古くから日本に伝わり世界に広がりをもつ染め物で、表現の可能性を現在まだ大きく持っています。
この度の個展は 77歳の区切りとして開かせて頂きます。辻が花を中心とし、辻が花から発展した絞り染め作品を発表いたします。新しい色、形の表現をご覧頂きたく存じます。
私はこの先、何度もの個展開催は難しいと感じています。今回、是非皆さまにお目にかかり直接お話ししたく、会場にてお待ち申し上げます。
小倉淳史
会期:2024年3月8日(金) ~10日(日)
場所:銀座もとじ 和染、男のきもの、オンラインショップ
ぎゃらりートーク
日時:3月9日 (土)10 ~11時
場所:銀座もとじ 和染
定員:30名(無料・要予約)
作品解説
日時:3月10日 (日)14~14時半
場所:銀座もとじ 和染
定員:10名(無料・要予約)