2024年9月13日(金)〜16日(月・祝)に東京友禅の高橋寛さんの「喜寿記念展」を開催いたします。高橋寛さんの作品の特徴と魅力、そして高橋寛さんのお人柄にも触れながら、本催事の見どころをご紹介いたします。
無数の点描、一粒一粒を手で!
モダンさと、ゆらぎの温かさが
共存する、唯一無二の世界
一般的に「友禅」といえば、多色で花鳥風月を表現したものを想像するかもしれませんが、高橋寛さんの作品は、点と線、ごく限られた色のみで表現されています。
そして驚くべきことに、この無数の点描のすべてを、高橋寛さんご自身が手で描かれているのです。高橋寛さんはサラリと「朝から晩まで」と仰いますが、気の遠くなるほどの時間と集中力を要する作業です。
高橋寛作 訪問着「月夕(げっせき)」
【令和5年度 第70回日本伝統工芸展 入選作品】
防染糊(真糊)が充填された「筒糊」の先端から糊を絞り置き、一粒単位で糊の密度や濃淡を調整し、また線の掠れや太細を加減しながら、誰も真似できない唯一無二の世界を表現されています。
筒糊を持つ高橋寛先生。(ポーズのみ取っていただきました。実際の作業風景ではありません。)
一見すると抽象的な幾何学文様をテーマにされていると思われるかもしれませんが、「自分としては抽象とは思っていないんです。自然現象のような、風が吹いている、雨が降っている、そういう有様を形にしてデザインをしています。」と仰います。
モダンで、洋装の中にも違和感なく溶け込み、季節を問わずお召しいただける高橋寛さんの作品は、一見シャープでクールに見えながらも、近づけば一粒一粒に人の呼吸が感じられ、心地よい揺らぎがあります。そこには表層的な花鳥風月の模様はないけれども、花鳥風月が心にもたらすもの・・花の香り、鳥のさえずり、風の心地よさ、月の光のあり様が、象徴的に表現されているのです。
高橋寛作 訪問着「霖霖(りんりん)」
【平成28年度 第63回日本伝統工芸展 入選作品】
蒔糊(まきのり)とはどう違うのですか?
蒔糊は、乾燥した糊を砕いて生地上に蒔くことにより防染する技法で、マスキングをしてから糊を蒔くので輪郭がシャープな直線に仕上がりますが、高橋寛さんの筒糊は、点描による柔らかな輪郭となります。技法の違いがもたらす印象の違いを味わうのも鑑賞の楽しみのひとつです。
菱の輪郭は点描で浮かび上がるため、心地良い揺らぎがあり、モダンでありながら温かみがある。
Google社が世界中の美術作品や文化遺産のデジタル鑑賞を提供する「Google Arts & Culture」では「東京友禅」のページに高橋寛さんの作品と「高橋寛さんの手」が登場しています。(文章提供は多摩美術大学教授・外舘和子先生)
ぎゃらりートークでは
高橋寛さんの半生を紐解く
貴重な資料もご覧いただけます
高橋寛さんは「二人の人間国宝」に直接学ぶという特異な修行時代を過ごされています。日本工芸会の創立メンバーの一人であり、東京友禅の礎を築かれた中村勝馬氏。もう一人は、中村勝馬門下の兄弟子である山田貢氏。中村勝馬氏からはものの見方や考え方を、山田貢氏からは糊置きをはじめとする技術面を主に学ばれたとのこと。
修行時代の資料として「景年花鳥画譜」の写しを特別にお借りすることができました。(ぎゃらりートークで実物をご覧いただけます)
これは中村勝馬さんに弟子入りしてすぐの18〜19歳の頃、友禅の筆使いを身につけるために描かれたものだそうです。
高橋寛さんは、友禅の模様師であるお父様、日本刺繍をされるお母様の元に生まれ、高校では染めの化学を専攻、図案の授業を楽しまれ、美術部で油絵を描いてこられたそうです。18歳ですでに絵画的な素養、高い画力をお持ちでいらっしゃったのです。(高校生の当初はグラフィックデザインを志していらっしゃったそうです)
こちらは、友禅訪問着「武蔵野」(1990)の図案です。
前述の「自分としては抽象とは思っていない」と仰った真意が伝わる作品です。
「ススキの群生も、ススキの穂を借りてむしろ風を表現している」
「作家は植物の葉や枝の形を説明したいのではなく、植物の葉や枝が動くさまの印象を表現したいのである」
和織物語「糊の点描と線描ー高橋寛の友禅の粋」より(外舘和子著/2017年)
高橋寛作 プラチナボーイ 九寸名古屋帯「瀾(なみ)」
今回の記念展で特別制作いただいた帯作品は、波ではなく「瀾」と題され、波のような連なり、波打つ動きのありようを美しく表現されています。
工芸会では育成にご尽力
「寛さん」と慕われて
作家の皆様もご来場予定
師の中村勝馬氏が創立に尽力された日本工芸会を、その志を継ぐかのように、高橋寛さんも若手育成や組織の盛り上げに力を尽くされてきました。
喜寿記念展を祝して関東近郊の作家さんから届くメッセージには、寡黙な(と、私たちが思っていた)高橋寛さんの情熱と優しさ、厚いご人望を感じます。
9月11日(水)からは「日本伝統工芸展」が始まります。染織の分野で「東京都知事賞」を受賞された遠藤あけみさんからのメッセージには、高橋寛さんの作品を初めて間近で見た時の感動が綴られていました。一部を引用させていただきます。
寛さんが第55回の伝統工芸展で受賞された「颯颯」という作品を会場で拝見したとき、大きな衝撃を受けました。
当時、私はまだ伝統工芸展に出品し始めたばかりで、自分がこれからどんな方向で制作してゆくのかと模索している時代でしたが、寛さんの作品の前に立った瞬間、びゅうと風の音が聞こえ空気が動いているような感覚に包まれて、着物でもこのような表現ができるんだと只々感動し見入ってしまいました。
以来、私もこんな世界を作れたらと夢見て、「雨の中に佇む」「風が吹き渡る」「匂いに包まれる」といったような、目に見えない表現を追いかけるきっかけになりました。
(遠藤あけみさんからのメッセージより)
9月13日(金)~16日(月・祝)の喜寿記念展では、これまでの工芸展出品作品も多数展示いたします。
ぜひ皆様も、作品の前に立って風の音を聞く、雨の中に佇む、という心の体験をしてみませんか?
髙橋寛先生×松原伸生先生【特別対談】
喜寿記念展の御祝いの対談動画を撮影しました。長板中形の人間国宝・松原伸生先生は、高橋寛先生と共に日本工芸会を支えてこられ「飲み仲間」でもあるとのこと。ふだん聞けないようなお話をたくさん伺いました。(30分程度の動画です)
01:05 高橋先生と松原先生との出会い、仲が良い理由
02:59 日本工芸会における高橋寛先生の存在
06:52 髙橋寛先生の作品の特徴と魅力
09:00 高橋寛先生が作品で表現したいものとは
11:04 二人の師 人間国宝の中村勝馬氏と山田貢氏について
18:05 「筒糊」による作品制作、「蒔糊」との違いについて
21:30 「真糊」と「ゴム糊」、不自由さの中でこそ生まれる表現
28:35 喜寿記念展へ向けての思い
髙橋寛 喜寿記念展 ~東京友禅の系譜 中村勝馬・山田貢を師に~
二人の人間国宝を師に仰ぎ、独自の友禅の美を創りあげた孤高の友禅作家。
糊の線描と点描、極限られた染め色だけで奏でられる意匠美で、具象・抽象の概念を越え、森羅万象の一刻を時に悠然と時に荘厳な世界観で染め上げます。
「作品を御覧いただければ」と、多くを語らない氏でありますが、初心を決して忘れることなく、実直に真摯に作品制作に向き合ってこられました。
プラチナボーイの新作はじめ、工芸展出品作品を一堂にご紹介します。
六十年の軌跡を是非御覧ください。
会期:2024年9月13日(金) ~16日(月・祝)
場所:銀座もとじ 和染、男のきもの、オンラインショップ
〈お問い合わせ〉
銀座もとじ和染 03-3538-7878
銀座もとじ男のきもの 03-5524-7472
(電話受付時間 11:00~19:00)
ぎゃらりートーク
日時:9月14日(土)10~11時【開催終了】
場所:銀座もとじ 和染
定員:40名様(無料・要予約)
作品解説
日時:9月15日(日)14 ~14時半
場所:銀座もとじ 和染
定員:10名様(無料・要予約)
髙橋寛さんの詳細情報
寒色系の色使いと幾何学的な文様がもたらすモダンさの中に、生き生きとした躍動と、どこか柔らかさやぬくもりが感じられる高橋寛さんの作品。 生地の上に無数にあらわれた点描は、蒔糊(乾燥した糊を砕いて使用するもの)による防染ではなく、筒糊からひとつひとつ糊を置いていくという気の遠くなるような手法によるもの。 点の密度の微妙な変化によって模様の面に立体感や奥行きがもたらされ、糊の線描と点描と地染め(引き染)の関係のみで表現される豊かな意匠性。 自然界とは無縁の幾何学的な要素のみでつくられているかに思われますが、具象・抽象の概念を越えて、水の流れ、風に揺れる枝などの「動き」そのものを表現しているといいます。
銀座もとじ和染 2017年、2021年個展開催
2015年 35周年記念展出品
2020年 40周年記念展出品
略歴
1946年 東京都に生まれる
1965年 中村勝馬(重要無形文化財保持者・友禅)に師事、内弟子
1977年~89年 日本工芸会文化財保存事業、「白麻地風景模様茶屋染帷子」復原委員
1990年~95年 日本工芸会工芸技術保存事業、「茶屋染・白麻地春秋草花舞楽模様帷子」復原委員
2007年 「展開する友禅五人展」(和光ホール)
2008年 第55回日本伝統工芸展 奨励賞
2015年 第62回日本伝統工芸展 奨励賞
現在 公益社団法人日本工芸会 正会員、監事
日本伝統工芸展、日本伝統工芸染織展、東日本伝統工芸展、鑑審査委員
第71回 日本伝統工芸展(令和6年)開催
2024年9月11日(水)より、 東京での開催を皮切りに全国11の会場で「第71回 日本伝統工芸展(令和6年)」が開催。 染織をはじめとする諸工芸7つの部門の伝統の技術を現代の感性で磨き上げた素晴らしい作品が並びます。お近くの方はぜひ足をお運びください。