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松枝家の久留米絣―藍と光の探求と展開|和織物語

(左)松枝崇弘作 久留米絣着物「飛翔」
(右)松枝哲哉作 久留米絣着物「夢花火」

著者:外舘和子(工芸史家・多摩美術大学教授)

日本のブルー「藍」

 明治時代に来日した英国人化学者、R・W・アトキンソン(1850-1929)が日本の印象を「ジャパン・ブルー」と評した事はよく知られている。それはどのようなブルーなのかといえば、インディゴ・ブルー即ち「藍」の青である。江戸時代の終わり頃には既に、藍が人々の暮らしに溶け込んで日本の風景を形成し、浮世絵にも藍の絣を着た美しい女性の姿や、藍染の生地がはためく風景が見られる。江戸末期の生まれで実業家の渋沢栄一(1840-1931)の実家も藍玉を製造・販売したという(註1)。
 2024(令和6)年には、その「藍」に生きた久留米絣の作家、松枝玉記(1905-1989)ら松枝家の作り手たちを紹介する展覧会「久留米絣と松枝家」展が福岡県立美術館で開催された。また久留米市美術館では「藍のものがたり」展が開催され、玉記の作品はいずれの展覧会にも出品されている。
 但し、生地を藍で染める「染の作家」とは異なり、松枝家は玉記をはじめ、木綿糸を藍で染め、その糸を機で織り上げる事で模様を築いていく「織の作家」である。しかも、自ら括って染め分けた絣糸を使用し、糸そのものから計画的、構造的に模様を形成していく。松枝家の久留米絣の存在感や華やかさは、そのような藍と白に染め分けた糸による織物ならではのものである。

註1:読売新聞オンライン、2021年6月16日。

久留米絣の発祥と松枝家

 江戸時代の1800年頃以来、約200年の歴史を持つ久留米絣は、福岡県の久留米を中心に筑後地域において、まず地場産業として発達した。久留米市の徳雲寺には井上伝(旧暦1788-1869)の墓や胸像、石碑があり、十代の井上が久留米で絣技法の原理を見出し、その技術を多くの人々に伝えた事が記されている。更に江戸時代の終わり、1839(天保10)年頃には絵糸書きによる絵絣も織られるようになった。
 松枝家では明治初期に松枝光次(不詳-1900)が織屋(絣業)を始め、二代目栄(1875‒1953)、三代目玉記(1905-1989)が家業としての久留米絣に取り組んでいく。光次の次男・喜代次(1865-1943)は徳島から阿波藍を仕入れるなど、染料屋として活躍した。
 明治から大正にかけての久留米絣の水準の高さは、例えば、1907(明治40)年の東京勧業博覧会で一等賞銀牌を得た模様見本帳などから窺われる(図1)。また、松枝家に残る1910〜20年代頃の絣裂によれば、井桁模様を様々にアレンジしたものなどがある。着物の他にも、例えば布団地の大きな四角形を生かした絵画的な絵絣も残されている。吉祥的な雰囲気も示す久留米絣の布団地は、婚姻を祝すものとしても作られたようだ。


(図1)

松枝家の久留米絣と松枝玉記の作家性

 生業としての久留米絣に取り組みながら、織物作家として個人の創意や想いを表現する在り方を切り拓いた一人は松枝玉記である。
 久留米絣は戦後、重要無形文化財に指定され「重要無形文化財久留米絣技術保持者会」として認定されているが、36にも及ぶ制作工程(註2)は、自ずと家族らの協力を必要とする。玉記も妻・一(1907-1990)や、長男・栄一(1929-2016)の妻・絹枝(1933-2021)ら優秀な織り手に支えられた。
 久留米絣の長い制作工程の内、重要無形文化財としての3つの指定要件は、絣糸を手で括る事、天然藍で染める事、手機で織る事である。しかし作家の久留米絣の場合、その3つは勿論、36の最初の工程、即ち自身の写生から独自の図案を作り、それを絵紙(設計図)に織模様として客観化しておく事が最も重要である。その絵紙を基に、絵台で絣模様の絵糸を書き、それを種糸とし、また、糸を括る位置を示すモノサシのようなものを作って括りに進んでいく。織、特に絵絣は、染に比べても、計画性や理数的段取りが必須であり、作者の感覚やセンスを経糸・緯糸の関係において数値化せねばならないのである。
 松枝玉記は「一日一柄」の図案を自らに課し、1950年代後半以降、日本工芸会主催の展覧会で自身の世界観や美意識を世に問うていく。豊かな詩情や歌心を生かして具象的な大柄から精緻な抽象模様まで手掛け、その確かな構成力やしばしば窺われる吉祥的なテーマは玉記の特徴である。
 また、玉記は濃藍の他に中間的な水色の藍を導入した。明るい水色は、松枝小夜子の婚礼衣装にもなった《献穀》(1976)(註3・図2)などのデザインに生かされている。
 更に、代表作の1つ《風と光》(1972)では、実際の葡萄棚に初夏の光が降り注ぐ様子を模様化している。葡萄の実と葉に交差する直線を添えて変化をつけつつ、大小の四角形を経緯絣の白でひときわ明るく表現して地の濃紺とのコントラストを強調し、葡萄棚の輝きを表現している。つまり、玉記も既に久留米絣の藍に映える白、光の魅力を見出していたと思われるのである。

註2:36という工程数は松枝家による。
註3:以下、本文中では原則として作品タイトルを銘のみで記す。

 (図2)松枝玉記作 久留米絣振袖「献穀」(部分)

松枝哲哉―形なき光の輝きと軌跡を絣模様に

 中学生の頃から藍の管理や染に親しんだ松枝哲哉(1955-2020)は、玉記の試みや気づきを更に大きく発展させた。
 それは第一に「光の表現」を明確に意識して制作に取り組んだ事である。筆者は本人に取材した折、工房のある田主丸の夜空の星の美しさや花火への関心について聞いているが、特に2000年頃以降、日本伝統工芸展などの出品作には光や煌めきをテーマにしていた事が作品タイトルからも窺われる。また《紫陽花》(2001)や《爽風》(2013)の藤の花などの植物を模様にした作品にも、経緯絣の白を利かせた光の煌めきが表現されている。更には本来輪郭の定まらない形なき光の軌跡までも絵絣にした「花火」のシリーズ(図3)や文化庁が所蔵する《光芒》(2020)などの作例がある。
 第二に、模様の美しさを支える藍の色の濃度や明度の探求である。哲哉は、中間的な水色を示す「中藍」や更に明るい「淡藍」について、発色の良さだけでなく堅牢度を高める為の研究と改良を重ねた。生き物である藍の状態を見ながら、薄い状態の藍を建て、30回程染めると発色の強さと堅牢度が増す。濃紺なら40回以上染めを繰り返し、70回程染めると黒に近い紫になる。その微かな赤みは天然藍ならではの色である。なお、藍の発酵建てに必要な天然灰汁の灰は、福岡県在住の日本工芸会の陶芸家、和信窯の添田和信が提供しているという。哲哉の藍へのこだわりが、松枝家の藍色に幅を持たせ、進化させてきた。現在はそれを長男・崇弘(1995-)が中心となって受け継いでいる。


(図3)松枝哲哉作 久留米絣着物「夢花火」

松枝小夜子―抽象的模様による構成のダイナミズム

 松枝小夜子(1956-)は宗廣力三(1914-1989)の郡上工芸研究所に学び、1982(昭和57)年には第17回西部工芸展等に出品を始め、3年後に哲哉と結婚後は久留米絣の世界に「女性作家」という在り方を示してきた先駆的な一人である。井上伝は織り手としての女性の道を切り拓いたが、小夜子は技術者であると同時に、独自の図案や絵紙を作り、自らの技術で織物に表現していく作家の姿も示してきた。工程の多い久留米絣において、作家として舵をきるのは一家に一人という世間の空気もあった時代、小夜子の創作活動を後押ししたのは哲哉をはじめ松枝家の家族である。現在、小夜子は、「重要無形文化財久留米絣技術保持者会」の副会長であり、後進の指導にも精力的である。
 小夜子の作域にも幅があるが、その特徴は、どちらかといえば抽象的な幾何学的傾向の連続模様が持つリズムや力強さを、着物という形を生かしてダイナミックに構成し、表現するものである。
 小夜子もまた「私もテーマは光です」と語る。但し、哲哉がどちらかといえば夜空の光をイメージさせるのに対し、小夜子は昼間の日差しの中の光の粒を、木々の葉の揺れなどと共に捉える傾向の為であろうか、着物全体に風が吹いているような大らかな動勢や、自然の中にあるリズムを感じさせるのである。《薫風》(2000)などはそのような作例である。

松枝崇弘―探求心に満ちた多様な挑戦

 松枝崇弘は、幼少期より両親の仕事ぶりを間近に見てきたが、病に倒れた父・哲哉に最後まで指導を仰ぎ、2021(令和3)年 第55回西部伝統工芸展に早くも初入選している。初入選作《青柳・かすれから絣への展開》は、トーンの異なる藍を組み合わせ、着物全体に幅のある縞状の色面を構成しつつ、随所に揺れる柳の葉のような独特の柔らかな絣模様を散らした新鮮な内容であった。白場も生かした色面構成への試みは《川音》(2024)などにも見られる。
 一方、第68回日本伝統工芸展日本工芸会奨励賞受賞作《森の光・雨音》(2021)は、端正な抽象模様で上から下へと流れるリズムを築き、雨粒で煌めく木々の光や、雨音が聞こえてくるかのような世界を築いている。その系譜の一作ともいえる《灯朧》(2024)は、十字を中心に据えた、包み込むような「光」を、三つの光の点の間に挟みつつ、穏やかなタテのリズムを刻んでいる。あるいは、飛翔する鳥のイメージを模様化した躍動感ある《飛翔》(2023)(図4)など、崇弘は毎回異なる作風で発表を続けている。
 崇弘もまた自身の制作テーマは「父とはまた違った光の表現」だというが、光を探求する意思と共に、絣とは何かーかすれるとは何か、絵絣にはどのような可能性があるのか、藍と藍以外の植物染料の色との効果的な組み合わせはどのような意匠なのか、といった自身への問いが各々の作品から窺われる。どの作品からも、崇弘の旺盛な挑戦意欲、探求心が伝わってくるのである。
 現在、崇弘は、重要無形文化財久留米絣技術保持者会の会員になるべく研修生として厳しい課題に取り組み、研鑽を積んでいる。松枝家の作家として、また地域の未来を担う技術者として、松枝家で学ぶ若い人々と共に、文化としての久留米絣を担っていくに違いない。


(図4)松枝崇弘作 久留米絣着物「飛翔」

松枝家の久留米絣―表現の基盤としての藍と光

 松枝家の作家たちによる久留米絣の世界は、各々具体的なモチーフを具象的に表したものから抽象的で緻密な連続模様にしたものまで幅広いが、近づいて見ると、どの模様にも自然な柔らかさや心地よい微かな揺らぎが感じられる。それは、模様の輪郭が絣糸で表現されているからであろう。
 制作において、松枝哲哉は積極的に光を主要なテーマに制作したが、既に玉記の中にも光への意識は窺われ、小夜子、崇弘も、それぞれの方法で光にアプローチしている。恐らくは古の人々も久留米絣の霰(あられ)模様に星空を重ねたであろう。久留米市の水天宮境内にある1885(明治18)年建立の「久留米絣之碑」にも「雪霰満天」の文言が刻まれている。久留米絣の特徴の一つが、藍の地に冴えわたる白の魅力であるとすれば、それは自然なことでもある。
 殊に、松枝家では天然藍による糸の染め色へのこだわりが、絣模様の奥行と広がりを増幅させてきた。ジャパン・ブルーならぬ「松枝ブルー」とでもいうべき藍の色の幅や奥深さと絣模様の美しさは、分かち難く結びついている。その藍と光が着る人をも輝かせ、周囲を華やかな気分にさせるのである。

外舘和子(とだてかずこ)氏プロフィール

東京都生まれ。美術館学芸員を経て現在、多摩美術大学教授、愛知県立芸術大学客員教授、工芸評論家、工芸史家。英国テート・セント・アイブスを皮切りに、海外巡回展『手仕事のかたち』、米スミス・カレッジ、独フランクフルト工芸美術館など、国内外の美術館、大学等で展覧会監修、図録執筆、講演を行う。また韓国・清州工芸ビエンナーレ、金沢世界工芸トリエンナーレ、日展、日本伝統工芸展など、数々の公募展の審査員を務める。著書に『中村勝馬と東京友禅の系譜』(染織と生活社)、『Fired Earth, Woven Bamboo: Contemporary Japanese Ceramics and Bamboo Art』(米ボストン美術館)など。毎日新聞(奇数月第2月曜朝刊)に「KOGEI!」連載中。

松枝小夜子 年譜

1956年 熊本市に生まれる
1979年 宗廣力三氏に師事
1982年 日本工芸会西部工芸展入選
1984年 福岡県展奨励賞
1985年 松枝哲哉と結婚
1988年 日本伝統工芸展初入選
1989年 日本工芸会西部工芸展・朝日新聞社金賞
1990年 第15回 全日本新人染織展大賞・通産大臣賞
1994年 重要無形文化財久留米絣技術保持者会会員認定
1997年 日本工芸会正会員認定
2012年 第46回 日本伝統工芸染織展 日本経済新聞社賞
2015年 第49回 日本伝統工芸染織展奨励賞・山陽新聞社賞
2019年 第54回 西部伝統工芸展福岡市長賞
     第53回 日本伝統工芸染織展三越伊勢丹賞
2021年 第55回 西部伝統工芸展朝日新聞社大賞
2022年 第56回 日本伝統工芸染織展日本経済新聞社賞
2023年 福岡県教育文化賞受賞
現在、国指定重要無形文化財久留米絣技術保持者会副会長、日本工芸会正会員、福岡県美術協会員

松枝崇弘 年譜

1995年 福岡県久留米市に生まれる
2017年 佐賀大学経済学部卒業、日本通運株式会社入社
2020年 同社退職、本格的に家業に入る
2021年 第55回 西部伝統工芸展初入選、第68回 日本伝統工芸展初入賞・日本工芸会奨励賞
2022年 第56回 日本伝統工芸染織展初入選
2023年 日本工芸会正会員認定、 第57回 西部伝統工芸展奨励賞、福岡県伝統的工芸品展福岡県知事賞受賞
現在、日本工芸会正会員、重要無形文化財久留米絣技術研修生


松枝家の久留米絣―藍と光の探求と展開|3月催事

明治初期の創業から150年以上の歴史を持つ松枝家。
松枝玉記氏生誕120年を祝し、昨年は記念展「久留米絣と松枝家」が福岡県立美術館で開催され、国内外問わず多くのファンを魅了しました。
このたび銀座もとじでは、美術館収蔵品を含む松枝家四代(松枝玉記、松枝哲哉、松枝小夜子、松枝崇弘)の作品を一堂に展示いたします。
詩情あふれる絵絣模様、中藍や淡藍による豊かな諧調の美しさ、四代一人ひとりの個性輝く「藍と光」の表現を堪能いただけるまたとない機会です。
ぜひご覧くださいませ。
※オンラインショップでも順次作品を公開してまいります。

催事詳細・展示作品リストはこちら

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会期:2025年3月7日(金)~9日(日)
場所:銀座もとじ 和織、男のきもの、オンラインショップ
〈お問い合わせ〉
銀座もとじ 和織・和染(女性のきもの) 03-3538-7878
銀座もとじ 男のきもの 03-5524-7472
(電話受付時間 11:00~19:00)

ぎゃらりートーク

日 時:3月8日(土)10~11時
登壇者:松枝小夜子氏、松枝崇弘氏、外館和子先生(工芸史家・多摩美術大学教授)
場 所:銀座もとじ 和織
定 員:40名様(無料・要予約)【受付中】

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作品解説

3月9日(日)14時~14時半(無料・要予約)【受付中】

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作家在廊

3月7日(金) 13~18時
3月8日(土) 11~18時
3月9日(日) 11~16時


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