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佐野美幸の織―繊細なる色糸のハーモニー|和織物語

佐野美幸作 紬織着物「南仏の海」※第20回日本伝統工芸近畿展 松下幸之助記念賞 受賞作(1991年)

著者:外舘和子(工芸史家・多摩美術大学教授)

佐野美幸の織―繊細なる色糸のハーモニー

 織には、経糸と緯糸がどのように生地を構成するかにより、平織・綾織・繻子織・捩り織という四種があり、織の四原組織と呼ばれている。中でも、佐野美幸の作品の多くは平織によるもので、経糸と緯糸が一本ずつ交互に交差する最も基本的でプレーンな織物である。
 しかし、基本的で平滑な織物ゆえに、織っていく際、経糸のテンションに対する投げ杼の緯糸のリズムや、打ち込みのタイミング、足の踏み込みの力加減など、最善の状態で進めていく必要があり、それらのバランスがわずかでも崩れると織物としての美しさが損なわれてしまう。佐野美幸の微塵の乱れもない自然で美しい縞や格子の織物は、どのように生み出されてきたのであろうか。

看護師を経て織の道へ
京都のインターナショナル美術専門学校で学ぶ

 佐野美幸は1953年、葉タバコや米を作る農家の両親の次女として高知県幡多郡黒潮町に生まれた。自然豊かなこの地域は、穏やかな海も近く、風景も美しい。家には藍甕あいがめと三台の機があり、母は家族の着物をはじめ布帛ふはくの反物などを織っていたという。近所の叔母も機を織り、佐野は機音を聴きながら育った。日本の女性たちにとって、織の仕事が身近な時代でもあった。但し、佐野自身は機織りの様子を見ていた記憶は余りないという。少女時代は、どちらかといえば男子と一緒に外で遊んだり泳ぎに行ったりすることの多い活発な子どもであった。
 一方で『りぼん』などの少女雑誌や本に親しみ、絵を描く事も好きで、美術への関心は強かったが、戦争体験を持つ父の強い勧めにより姫路赤十字高等看護学院で学び、1975年に卒業すると看護師として職に就いている。
 しかし、佐野の絵画への興味は薄れることなく、5年程、赤十字病院で看護師として勤務している間も、忙しい仕事の合間に油彩画を学び、1979年、京都のインターナショナル美術専門学校に入学した。この専門学校は、ウィーン工房出身のデザイナー上野リチ・リックス(Felice[Lizzi]Rix-Ueno, 1893-1967)と、建築家・上野伊三郎夫妻が中心となり、インターナショナルデザイン研究所の名で創設され、2009年に閉校するまで若い人材を育ててきた。佐野美幸も同校が輩出した優秀な1人である。
 この学校で佐野は1年生の時、まず立体造形や色彩構成など美術の基礎を学んだ。佐野自身によれば「立体造形は苦手」(註1)だったというが、色彩構成を楽しんだ様子に、早くも色彩感覚に優れた佐野美幸の資質が垣間見られる。同校2年時からはテキスタイルを専攻し、染や織の基礎を学んだ。その間も京都大学医学部付属病院で看護師の仕事を続け、後に夫となる京大附属病院の医師とはこの頃に出会っている。

註1:佐野美幸への筆者インタビュー、於京都・佐野美幸宅、2025年1月24日。
以下、本文中の作家の言葉はこの取材による。

志村ふくみ工房での学びとフランス留学

 1982年、佐野は同校の卒業にあたり、テキスタイル教員であった中津布美子から、後に重要無形文化財「紬織」保持者となる志村ふくみ(1924-)を紹介され、卒業の年から3年半ほど志村のもとで学んでいる。志村の工房で、佐野は5人程の世代の近い女性たちと共に、朝から晩まで糸の植物染と紬織を学んだ。志村が朝、仕事場に現れ、「今日すべきこと」を告げると、佐野ら弟子たちは黙々とその日の仕事、例えば糸の植物染に取り組む。染色液の適正温度などについて、志村は温度計などを使わず、感覚的な判断を指導したという。染め場の近くには8台の機があり、佐野ら弟子たちは染の合間に紬の織を進めるという日々であった。
 佐野によれば、1980年代当時、数年に1回程度の志村の個展開催のタイミングで弟子たちは順次巣立っていくような状況であったという。志村の工房には弟子たちが閲覧できる志村の蔵書が置いてある場所もあり、佐野も柳宗悦の著書などを読む機会があった。2013年に志村ふくみは家族の協力のもと本格的な織物の学校「アルス・シムラ」を開校したが、佐野が学んでいた頃は、「弟子入り」という言葉がふさわしい雰囲気であったようだ。また、1978年に第1回が開催された「志村ふくみ門下生による小桉おぐら会展」にも、佐野は1986年に初出品し、第20回展まで参加している。
 1982年、佐野は志村ふくみ工房の夏休みに、夫の仕事についていくかたちでフランスを訪れ、パリのクリュニー中世美術館(Musée de Cluny)の有名なタペストリー《貴婦人と一角獣》を実見している。それは、人間の五感などをテーマに6枚の連作で作られたタペストリーで15世紀頃のものとされている。佐野によれば、1979年に京都に移り住んで最初に読んだ杉本秀太郎の『洛中生息』(みすず書房)でこのタペストリーを知り、また定期購読していた『芸術新潮』(1982年1月号)に志村ふくみが寄稿した「褪紅の壁飾り 貴婦人と一角獣」の文章を読み、その神秘性、デザイン、色彩、技術の全てに関心を寄せていたという。
 後に、佐野の織物には茜色がしばしば登場するようになるが、それはこの綴れ織のタペストリーの印象的な赤の影響であるとも語っている。
 1987年には機を持参してパリのソルボンヌ大学に語学留学し、翌年にはフランスのパリ、ヴェルサイユ、南仏ミラマスの3か所のギャラリーで個展も開催し、額装した裂や着物など5点ほどを展示している。芸術大国フランスでの経験もまた、佐野の創作へのモチベーションを高めていったのである。

佐野美幸作 綿織着物 銀座の柳染「糸柳」(2025年)
撮影:塩川雄也


日本工芸会を拠点に活動―生絹すずしも表現の範疇に

 フランスから帰国後の1991年、佐野は師・志村ふくみが出品してきた日本工芸会主催の展覧会の1つ、第20回日本伝統工芸近畿展に《紬織着物「南仏の海」》(図1)を出品し、松下幸之助記念賞を受賞した。それは南仏の明るい光に輝く海の印象を、藍を主役に、紫根の紫、ヤマモモ、刈安の黄色など計6色を織り交ぜ、細やかな経絣も用いた爽快にして密度のある作品である。その着物は、引いて見れば、藍系と暖色系による横段の大きな縞状の構成が見られ、近づくと6色が巧みに交差する経・緯の緻密な格子模様が現れる。それはまさに“遠近両用”で楽しむべき織物と言ってよいだろう。また、海や水、風などの自然のイメージは、その後も作品のテーマになっていく。

(図1)佐野美幸作 紬織着物「南仏の海」※第20回日本伝統工芸近畿展 松下幸之助記念賞 受賞作(1991年)

 さらに1996年、佐野は、「羅」と「経錦」の重要無形文化財保持者・北村武資(1935-2022)の「羅」伝承者養成研修会で捩り織を学び、2000年には北村を中心に結成された「うすはたの会」に参加している。
 2001年にはその成果を示す展覧会「織物の技と美を求めて うすはたの会」(銀座・和光)に、佐野は、指導者・北村武資の他、築城則子、土屋順紀、細見巧、真栄城興茂、松田えり子、森山哲浩、山岸幸一、鳥巣水子、渡辺彰子と共に出品した(註2)。佐野の出品内容は、作家によれば、2点1組の《片身がわり 赤と白》で、生絹の糸を六葉茜むつばあかねで染めた着物と、紬糸を六葉茜で染めて平織にした着物《甃》いしだたみであった。
 この頃から佐野作品に藍を基調としたブルー系、寒色系の作品に加え、茜を用いた赤系の作品、生絹の糸を用いた張りのある着物が現れるようになっていく。生絹とは、精練せずにセリシンを残したままの糸で、2003年第50回日本伝統工芸展の文部科学大臣賞を受賞した《平織着物「立秋」》は、そうした作例の代表的なものである。

註2:「織物の技と美を求めて うすはたの会の活動」『染織α』No.252、2002年3月号

繊細な色のハーモニーを奏でる「裂」の風合い

 この度の銀座もとじでの展覧会には、佐野美幸のこれまでの作品の主要な方向性を示す着物が一堂に並ぶ。藍を基調とした細やかな多色を組み合わせた柔らかな風合いの紬、茜を利かせた張りのある生絹の着物は代表的なもので、前者のタイプに《紬織着物「池塘春草ちとうしゅんそう」》(2023年第52回日本伝統工芸近畿展出品)、《紬織着物「のわき」》(2024年第53回日本伝統工芸近畿展出品)、《紬織着尺「緑風」》などがあり、後者に《生絹着物「十三夜」》(2006年第53回日本伝統工芸展出品)、《平織着物「桃花春風とうかしゅんぷう」》(2020年第49回日本伝統工芸近畿展出品)(図2)の他、《着尺「横雲」》《平織着物「秋茜」》などがある。


(図2)佐野美幸作 平織着物「桃花春風」※第49回日本伝統工芸近畿展 出品作(2020年)

 また、藍系の作品にも、染にどんぐりなどを用いた《平織着物「廻る」》(2009年第38回日本伝統工芸近畿展出品)や《平織着物「穀雨」》(2011年第40回日本伝統工芸近畿展出品)のような、生絹を取り入れたものもある。あるいは藍のみの濃淡で魅せる《平織着物「白萩」》(2014年第43回日本伝統工芸近畿展出品)(図3)も生絹の着物である。
 模様としてはいずれも縞を主体とし、もしくは格子状のものだが、佐野独自の巧みな色の組み合わせと、その間隔や間合いが、各々異なる世界を築いている。佐野は通常、1つの色、例えば藍なら藍の糸を濃度の異なるトーンで3通り用意し、その濃淡がより一層、豊かで深みのある多色のハーモニーを生むのである。
 また、使用する糸についても、例えば経糸に80デニール程の滑らかな駒糸、緯糸に100デニール程の質感の異なる壁糸を用いるなど、生地の風合いや張りを最善のものにする配慮をしている。それは、画像や図版では伝わり切らないもので、実際に手に取り、纏う事で理解されるものであろう。
 佐野は自身の制作について、着物を作るというより「裂を作ること」と語っている。1センチ角で見ても美しく、それが反物の幅や、着物のサイズとなっても美しい「裂」でありたいという。いわば、ミクロの美がマクロの美へと広がるような織物が、佐野美幸の世界なのである。


(図3)佐野美幸作 平織着物「白萩」※第43回日本伝統工芸近畿展 出品作(2014年)
撮影:塩川雄也

外舘和子(とだてかずこ)氏プロフィール

 東京都生まれ。美術館学芸員を経て現在、多摩美術大学教授、愛知県立芸術大学客員教授、工芸評論家、工芸史家。英国テート・セント・アイブスを皮切りに、海外巡回展『手仕事のかたち』、米スミス・カレッジ、独フランクフルト工芸美術館など、国内外の美術館、大学等で展覧会監修、図録執筆、講演を行う。また韓国・清州工芸ビエンナーレ、金沢世界工芸トリエンナーレ、日展、日本伝統工芸展、新匠工芸会展など、数々の公募展の審査員を務める。著書に『中村勝馬と東京友禅の系譜』(染織と生活社)、『Fired Earth, Woven Bamboo: Contemporary Japanese Ceramics and Bamboo Art』(米ボストン美術館)など。毎日新聞(奇数月第2月曜朝刊)に「KOGEI!」連載中。

佐野美幸 年譜

1953年 高知県に生まれる
1982年 インターナショナル美術専門学校卒業
    重要無形文化財「紬織」保持者 志村ふくみ氏に師事
1987年 渡仏 パリ・ソルボンヌ大学語学留学
1988年 パリ・南フランスにて個展
1991年 第20回 日本伝統工芸近畿展 松下幸之助記念賞 受賞
1996年 重要無形文化財「羅」「経錦」保持者 北村武資氏による伝承者養成研修会で捩り織を学ぶ
1997年 第26回 日本伝統工芸近畿展 京都府教育委員会教育長賞 受賞
     志村ふくみと水縹の会展(東京・和光)
2000年 うすはたの会展(東京・和光)
2003年 第50回 日本伝統工芸展 文部科学大臣賞 受賞
2004年 うすはたの会展(京都・ギャラリーなかむら)
2005年 うすはたの会展(イギリス・ロンドン)
2022年 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA(堀川御池ギャラリー内)個展
2025年 銀座もとじ 初個展


佐野美幸の織―繊細なる色糸のハーモニー|4月催事

佐野美幸の織―繊細なる色糸のハーモニー|4月催事

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会期:2025年4月4日(金)~6日(日)
場所:銀座もとじ 和織、男のきもの、オンラインショップ
〈お問い合わせ〉
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ぎゃらりートーク

日 時:4月6日(日)10時~11時 
登壇者:佐野美幸氏、外舘和子先生(工芸史家・多摩美術大学教授)
会 場:銀座もとじ 和織
定 員:40名様(無料・要予約)

作品解説

日 時:4月5日(土)14時~14時半
会 場:銀座もとじ 和織
定 員:10名様(無料・要予約)

作家在廊

4月4日(金)11時~18時
4月5日(土)11時~18時
4月6日(日)11時~16時


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