著者:外舘和子(多摩美術大学教授)
記憶に残る透明な存在感 ― 日本工芸の国際化の中で
20世紀後半、特に1990年代後半からこの20年程の間に、国際的な展覧会を通じて、工芸に関する考え方、捉え方が国際的な規模で変化してきた。用途の有無で「美術」と区別するのではなく、用途があってもなくても、“素材や技術を起点とし、作者自らの身体や手技を通して創造的な何かを築き上げたものであるかどうか”、という工芸観である。
沖縄県で制作する上原美智子もそうした工芸の在り方を牽引してきた国際的な織の作家の一人であろう。上原は昨年から今年にかけても、パリ装飾美術館の「ジャポニスムの150年」展(2018年11月15日~2019年3月3日)に出品している。
上原の織物が初めて本格的に海外で紹介されたのは、1998年のニューヨーク近代美術館(その後ドイツを含め3会場を巡回)における「Structure and Surface: Contemporary Japanese Textiles(構造と表面―現代日本染織展)」であった。
続いて2002年、マレーシアのペトロナスギャラリーと、インドネシアのナショナルギャラリーで「現代日本工芸展―素材と造形思考(Contemporary Japanese Crafts: Materials and Way of Formative Thinking)」で紹介されている。国際交流基金(外務省の外郭団体)主催のこの展覧会の図録執筆と展示立ち合いを手伝う中で、筆者は初めて上原の織物の実物に触れることとなった。
アジアで開催されたこの「現代日本工芸展」では、上原の3作品が展示された。1点は「あけずば織」とタイトルにも付された白い格子模様が微かに浮かび上がる布、もう1点は茶系のたてわく模様の布、そして黒い地に大きな四角い絣模様が大胆かつモダンな抽象絵画の如き風情を示す布である。いずれも、平織という、最も基本的な織の技法によりながら、筆者がそれまで体感したことのない薄く軽やかな布であった。
上原の布は、布の素材感を、野性味や強靭な物質感で主張するのではない。むしろ限りなく薄く軽やかで、殆ど次の瞬間には空間の中に溶けて消えてしまいかねないほどに儚げに見える。しかし、その儚げな存在感が、逆に受け手に強い愛おしさのような感覚を喚起し、その記憶に強く刻まれることになるのである。
その後も、東京国立近代美術館工芸館などで様々な上原の作品を観てきたが、とりわけ2013年の佐川美術館「吉左衛門X」展や、同年の国立民族学博物館「世界の織機と織物」展で、その印象はますます強いものとなった。
殊に、佐川美術館では展示室の照度を極力抑えた暗闇の中に、浮かび上がるように、上原の白い布が陳列されていた。その内の例えば2006年制作の《白 3d》は、いわば視覚の限界に挑むかのような透明感のある布である。タテ350センチ、ヨコ40センチで僅か3グラム。その透け感は、捩り織のような織組織によるものではなく、糸そのものの細さに由来する。一般的な布は、なんらかの支持体に支えられない限り、他の工芸素材のように“かたち”を見せることができないが、上原の3デニール(註1)の糸で織られた布は、いわば空気に支えられてそこにふわりと“置かれている”のであった。
このような、もはや重力さえも感じさせない上原の薄絹の布の背後にある思想、織に対する制作姿勢とはどのように形成されたのであろうか。今回の執筆に際し、5年前に一度取材して以来の沖縄県南風原町の上原の仕事場を、2019年3月7日に再び訪れた・・・
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