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御絵図から始まる八重山上布の未来図|和織物語

撮影:塩川雄也

著者:田中敦子

八重山上布 海さらし 石垣島

 白い砂が陽に映える遠浅の浜。絣を散らした着尺が数反、タプタプと波に揺れている。石垣島に伝わる八重山上布の海晒し。18世紀後半の記録にも残る南の島らしい仕上げの作業は、白昼夢かと思うほどの楽園風景だが、歴史をひもとけば、琉球王府時代における八重山諸島の苦境と重なり、にわかに明暗が反転する。

 沖縄の染織と切り離せない、人頭税。琉球王府が薩摩藩に支配されていた時代、八重山や宮古などの先島諸島をはじめとする離島に課された納税制度が厳しさを増し、15歳から50歳の島民を対象として、米や粟などの穀類のほか、布の納付が義務づけられた。

 税布に求められたのは、沖縄ではブーと呼ばれる苧麻(イラクサ科の植物で、染織的には麻の一種)を糸にした織物で、これは大きく二つに分類される。ひとつは上納布。これは主に白生地で、織り上がった布を白く晒すためにオゾンの力を利用したのが、海晒しだ。もうひとつは御用布ぐいふ。王府より送られる御絵図みえず(図1)、今で言えばデザイン画だが、これを忠実に再現しなければならない。八重山諸島では紺嶋細上布こんしまほそじょうふ赤嶋細上布あかしまほそじょうふと呼ばれる目の細かい絣が多く義務づけられた。

 人頭税において、苧麻布の製織は婦女子に課せられる税だった。材料になる苧麻を育てるところからの手間暇かかる仕事である上に、求められる量も品質も厳しく、納税のために日々を費やしていると言っても大げさではないほどの負担だった。

御絵図
(図1)

「でもね」と話すのは、平良佳子けいこさん。「いい仕上がりの布を納めたら〝苦労米〟というご褒美がもらえたんです。厳しい中でも、それは励みだったと思うのよ」。石垣市織物事業協同組合の理事長である彼女は、私たちを石垣市立八重山博物館に案内し、館所蔵の御絵図を前に、じっと目を凝らしている。傍らに立つ理事の志村久美さんの眼差しも真剣だ。

 熟練の織り手である二人は今、銀座もとじ二代目社長・泉二啓太さんの依頼で、御絵図から選んだ絣の復元に取り組んでいる。「私たちは、以前から御絵図の柄は面白いね、やってみたいね、と話していたんです」と平良さんが楽しげに言えば、「御絵図の絵師は、一切織り手のことは考えていなかったでしょうね。それは見ていてわかります。おそらく、織り手のことを考えていたら、こんな無謀な柄はやらないですよね」と志村さんもうなずく。考えないからこそ面白い図案が生まれ、それゆえ昔の織り手は大変な苦労もし、同時に挑みがいもあっただろう、と前向きに受け止めている。

「実際に御絵図に向き合ってわかるのは、複雑で厄介な絣だということ。設計図に起こすとさらにそう思います。いったいどれだけ絣糸を括るんだろう、って。だから、なかなか手を出せなかったんです」。いいチャンスをいただけました、と二人の言葉に力がこもる。「でも、よりによって特に難しいのを選んでいますよね」と本音もポロリ。

 博物館は、かつて人頭税を厳しく管理した蔵元があった場所に建つ。エントランス外には、2003年に建てられた人頭税廃止100年の記念碑がある。かつてここでは、悲喜こもごものドラマがあったことだろう。「当時の人より、私たちはずっと恵まれていて、便利なものがたくさんあります。できないはずがないんです。先人の思いを受け止めながら、挑戦しないといけませんね」と平良さんは言い、二人してにっこり微笑む。

八重山上布の歴史について

 八重山上布の始まりは定かではない。ただ、朝鮮半島に残る古文書『朝鮮王朝実録』に、1477年与那国島に漂着した朝鮮人が苧麻での製織を目撃したと記されていて、遅くとも15世紀後半には苧麻の織物が存在していたようだ。近世、八重山上布は、先ほど触れた人頭税を支えるものとして、厳しい管理のもとに高度な技術が磨かれ、洗練を極めていく。

 そして明治時代。琉球処分(琉球国から琉球藩、そして沖縄県へと移行)を経て、1903年にようやく人頭税が廃止されると、時を前後して捺染上布が考案される。

 理事長になってから人前で話すことも多いという平良さんの解説がわかりやすいので、少し引用しよう。「当時、石垣にはいろいろな産業が出てきたんです。王府の力がなくなり、人頭税の縛りが緩くなっていく。尚家(琉球王朝の王家)も生き延びるために商店を始めるようになります。税布だった八重山上布が換金作物となっていく中で、細かい絣のための織り機も発明されます。私たちが今使っている八重山式高機の元なんですよ」。同時期、紡績の苧麻糸(ラミーと一般に呼ばれる)が八重山にどんどん流入してきた。それまでの手績み糸に比べると、まっすぐで継ぎ目のない紡績糸はスピーディに織ることができる。「そして、八重山には紅露クール(図2)という良い天然染料がある。せっかくだったらこれを使ってみようと、摺り込んだのが捺染(註1)(図3)の始まりじゃないかと思うんです」

紅露
(図2)

捺染
(図3)
註1; 直接染料を擦り込む型染め技法を捺染と呼び、型染めの技法を絣糸づくりに応用している。紅露という天然染料による竹筆の摺り込み捺染絣は八重山上布独自の技術。

 これにより八重山上布は、経糸たていとを紡績糸、緯糸よこいとは昔ながらの手績み糸、で定着していく。また、捺染に改良が加わりもした。それは綾頭あやつぶる(図4)という八重山上布ならではの経糸用捺染装置。木枠に経糸を巻き、紅露の濃縮液を摺り込む。糸を手括りして染液に浸け染めするそれまでの絣糸づくりを効率化でき、しかも捺染したらそのまま八重山式高機に載せ、機の一部として使える画期的な工夫だった。そして、ここで海晒しが新しい意味を持つ。

綾頭
(図4)

 「捺染上布は海晒しが必須なんです」。というのも、紅露の捺染液は、織り上がった着尺を天日で干し、海水と石灰の混合液に浸けた後、海晒しをしないと色素が繊維に固着しない。新しい技に伝統の工程が生かされている、その面白さ。以後、捺染上布が八重山上布の主流となり、島の産業として発展していったのだ。

八重山上布の未来を見据えて

 博物館から組合へと移動する。石垣市内にある組合の建物は赤瓦と琉球石灰岩という沖縄伝統建築の意匠を外観に取り入れたコンクリート3階建てだ。1階は機場や染め場、講習室、仕上がった反物を検査する部屋があり、2階には一般公開の資料室と売店、海を遠望できる広々とした3階では絣括りが行われている。

八重山上布 御絵図柄復刻 銀座もとじ

 平良さんと志村さんが制作している御絵図復元の八重山上布は、捺染導入以前の手括り絣による着尺だが、組合の講習では、最後に習得する技術だという。平良さんからあらましを伺ったところ、組合の講習生たちは、最初に捺染上布で入門、着尺を織り、生産反数に応じて括り絣へと進める。そこで、藍や福木をはじめとする天然染料での糸染めを学び、帯地や着尺が織れるようになる。また、綿織物である八重山ミンサーも習得できる。どの講習も、まずは全工程を体得しなければいけない。全体像を理解し、身につけて、次を学ぶ。徹底した一貫制作の姿勢が八重山上布の基盤となっている。「その上で、協力が必要なところは一緒にするんです」

 建物内のそこここで作業が進められていて、活気に満ちている。「今日は色々タイミングがいいわねぇ」と平良さんの声が弾む。染め場では、紅露の染料(捺染用以前から紅露は染料として使われてきた)が火にかかる横に、福木の樹皮がシートに広げられている。家屋の防風林に使われてきた福木は琉球の黄色を染める植物として知られ、八重山上布にも使われる。が、昨今は伐採にかかる費用の高騰もあって、入手が難しくなっているという。

「紅露もそうなんです」とは浦崎敏江さん。ベテランの織り手で、西表島育ちの植物採取名人でもある。石垣島、西表島が北限であるヤマイモ科の紅露は、山に多く自生し、蔓を探して場所の見当をつける。組合員は使う分だけを採るけれど、見境なく採取する業者も存在し、頭を悩ませている。「取りやすい場所では見つけにくくなってしまい、どんどん険しい山に入らなくちゃいけなくなっています。ツルハシ持って長靴履いて、完全防備の出で立ちで、みんなで行きますよ(笑)」

 緯糸の材料となる苧麻は、組合の畑があり皆で育てている。苧麻の種類はアジアを中心に60種類以上あるというが、八重山上布に使われるのは、通称〝白ブー〟で、葉裏が白く、糸も白く仕上がる。発芽して40日から45日のものは繊維が整っていて裂きやすく、きれいな糸になるそうだ。浦崎さんは苧麻のエキスパートでもある。組合で頻繁に行われている苧麻ブーみ講習会では浦崎さんと志村さんが、手取り足取り指導を行う。

 こうした講習会を頻繁に開催することを心がけてきた、と平良さんは話す。「講習の定員は15名。その中から残るのはわずかですよ。でも、苧麻績みを知っている人が増えることこそ宝なんです」。昔は当たり前にあった苧麻績みするおばあちゃんの姿や、家々から聞こえる機織りの音。ここ半世紀で消えてしまった島の風物詩を、今再び。「苧麻に触ったことのある人、見たことのある人の人口をまず増やす。理事長になって11年の間、諦めずに習いたい人を誘って、最近成果が現れてきたんです」。今期は、なんと男性の受講者が4名も。もはや女性だけの仕事ではない。「時代の変化を感じています」

 機場を覗けば、それぞれが自分の仕事に集中している。ずらりと並ぶ八重山式高機は、絣がずれにくい工夫を凝らしたコンパクトな織り機。講習を終えて第1作の捺染上布を織る人の機には、やぐらこたつを思わせる木枠が載っている。これが綾頭だ。絣をつくる知恵は様々あるが、明治時代に登場したこの技術が一世を風靡したのは、絣糸のつくりやすさだけでなく、少ない手間で絣糸を機に掛けられるところも歓迎されたのだろう。けれど、実際に目の当たりにすれば、決して簡単ではない。天日で濃縮した紅露の液を竹筆で糸に摺り込むのは想像以上に技術がいる。また、捺染上布だからこそ表現できる絣もある。作業をしていた織り歴23年の本宮清美さんは「私は捺染上布が好きですよ」と顔を綻ばせる。

 廊下に面した機では志村さんが真剣な表情を見せている。御絵図の復元絣と格闘しているのだ。この仕事は、先にも書いたように捺染以前の手括り絣だ。機に綾頭は載っていない。ただ、八重山上布は、手括りも捺染も、琉球古来の織り方を採用している。〝手結てゆい〟と呼ばれるもので、絣にしたい糸を等間隔で括り、緯糸を織り込みながら左右に絣糸をずらして柄を出す。ビーマ(水流)、ブサ(星)などの名前を持つ抽象的な手結い絣の柄は、織り手の技量と個性により左右のずらしが微妙に揺れて、豊かな表情を見せる。

平良佳子氏(石垣島織物共同組合理事長)
平良佳子氏(石垣島織物共同組合理事長)

 志村さんが挑戦している御絵図復元はとびきり細かい絣ゆえ、織り始めで試しながら、ずらし加減や間隔を真剣に調整している。ふと志村さんが呟く。「これから、お話し合いをしなければいけないんです。君と君はちょっと間が空いているから、もう少し位置を変えようか、とか」。君、とは絣のことだ。まるで人と向き合うような感覚。思い返せば、八重山上布に携わる誰もが、素材への感謝の気持ちと愛情を持ち、言葉にしていた。島の自然から命をいただき、生かし、糸づくりをして、色を染めて、織って……。だから、苧麻にも紅露にも福木にも、糸にも、そこから生まれる絣にも、すべてのものに人格を認め、対話している。

 昭和51(1976)年に発足した組合は、まもなく50年を迎える。組合員数は58名。世代交代や技術の継承、材料の確保など、課題は山積みだ。けれど、組合は上を向いて未来へと歩を進めている印象があり、志高い後継者も育っている。平良さんは言う。「うちの組合はなんとか未来が描かれつつあるのかな。ミンサーから始めた人も、しっかり訓練を積んでいけば、上布に進む可能性は山のようにあるんです。捺染上布が織れて、括り絣の帯と上布が織れて、ミンサーが織れれば、贅沢な八重山の織物を四つできることになります。そういった人たちが増えていけば、豊かな産地になると思うの。今はそうした人づくりの真っ最中です」

 糸や絣についても未来を見据えて動き出している。御絵図の柄を復元すべく、絣糸の染めを終わらせた平良さんは、「こういった古典の絣もしっかりできるぜ、と踏みとどまってやらなければいけないし、後輩たちにも、〝今織っているものも素晴らしい、でも過去に織ったものもすごく素晴らしいから、どっちも見ようよ〟と伝える時期だと思っています」。だから、講習生には積極的に御絵図を見る機会を設けたいし、ラミー糸の経糸に押されて技術が廃れた手績みの経糸も復活させたい。その足がかりはできています、と声に熱が帯びる。伝統と今を両輪に、八重山上布は、きっと新しい未来図を描いていくのだ。

 今回、銀座もとじで開催される八重山上布展には、御絵図から選んだ手括り絣の着尺をはじめ、新作の着尺や帯が揃う。新型コロナの流行以前から始まった銀座もとじと組合の取り組みが、ようやく形になるのだ。石垣島の自然と歴史とつくり手の想いが布になって、銀座に夏を運んでくる。

八重山諸島地図 石垣島

田中 敦子(たなかあつこ)氏プロフィール

きもの、染織、工芸を中心に、書き手、伝え手として活動。「田中敦子の帯留めプロジェクト」主宰。雑誌『和樂』では、創刊時よりきもの研究家・森田空美氏の連載を担当。著書に『きもの自分流―リアルクローズ―入門』(小学館)、『更紗 美しいテキスタイルデザインとその染色技法』(誠文堂新光社)、『きもの宝典 きものの花咲くころ、再び』(主婦の友社)など。近著に『父のおじさん 作家・尾崎一雄と父の不思議な関係』(里文出版)、『J-style Kimono 私のきもの練習帖』、『J-style Utsuwa 私のうつわ練習帖』(ともに春陽堂書店)がある。


八重山上布展|5月催事

八重山上布展|5月催事

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会期:2025年5月23日(金)~25日(日)
場所:銀座もとじ 和織、男のきもの、オンラインショップ
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銀座もとじ 和織・和染(女性のきもの) 03-3538-7878
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(電話受付時間 11:00~19:00)

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ぎゃらりートーク

日 時:5月24日(土)10時~11時 
登壇者:平良佳子氏(石垣島織物共同組合理事長)
会 場:銀座もとじ 和織
定 員:40名様(無料・要予約)

作品解説

日 時:5月25日(日)14時~14時半
会 場:銀座もとじ 和織
定 員:10名様(無料・要予約)

在廊

5月23日(金)15時半~18時半
5月24日(土)11時~18時半
5月25日(日)11時~18時半


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